虐待の要因と、子どもへの影響、現在の支援状況から、
虐待防止の方向性を考えていきます
虐待の要因
虐待の背景には、主に①保護者の要因 ②子どもの要因 ③家庭の要因 ④社会全体の様々な要因があるとされ、単純に「親が悪い」と責めても問題解決には至りません。
①保護者の要因 ●育児へのストレス・不安 ●保護者自身の精神疾患や特性 ●保護者自身が被虐待の体験者 ●子どもへの不十分な愛着形成などがあります。
②子どもの要因 ●出産直後の様々な疾患 ●発達の遅れ、様々な障害 ●生活上の問題行動などがあるとされています。
③家庭の要因 ●夫婦役割と両親役割のバランスの崩れ ●外部から孤立していて援助者や相談相手がいない ●経済的な不安 ●DV などがあります。
④社会的要因 ●働きながらの子育てに困難が多い社会 ●子育てへの経済的格差 ●激しい競争のある学校教育 ●家庭の個別化などがあります。
子どもへの影響と被虐待児の特性
乳幼児にとって、養育環境である家庭は世界のすべてです。自他の存在を知り、養育者との愛着関係を基盤に心身ともに成長していきます。各家庭の状況はそれぞれ違っていても、子どもは生きるために環境に適応していくのです。
安全で安心を得られやすい環境でも、いつ虐待に晒されるかわからない不安と緊張に包まれた環境であっても、他の環境を知らない子どもは、それに適応していきます。
虐待環境であっても、そこで生きていくために、子どもは持てる力のすべてを使って虐待環境に適応しようとします。このような適応のありようが、被虐待児の言動を理解していく「カギ」になります。その特性は大きく3つに分類されます。
(虐待環境への適応による3つの特性)
1,防衛反応
子どもが、虐待という著しく不適切な環境に置かれて育った場合、子どもが心身を守るために身につけていくのが過剰な「防衛反応」です。
学校でちょっと注意されるとフリーズしてしまう、他の子どもが強く叱責を受けると顔色が変わる、極端に怖がるなどの反応がみられます。
虐待環境に適応して育った子どもにとって、「一般的な環境」は不適応環境であるという認識が必要です。「一般的な環境」に適応するためには「お試し行動(リミットテスティング)」をして、再び自分が虐待被害に合わないかどうかを確かめる必要があるのです。
また、虐待の恐怖から自分の心を守るために、自分の中に別人格を作り出し、虐待状況から逃避したり、意図的に健忘したりする「解離」が起こることもあります。
2,特異な学習
虐待の環境で否応なく獲得してしまう学習の特異性を指します。
長期に渡る虐待環境での生活によって、環境の変化や刺激に過剰に反応する、逆に他の多くの子どもが反応する事柄にまったく興味関心を示さない、などの反応がみられます。
養育者との愛着形成が不十分で「基本的信頼感」が内面化されていないために、表層的な人間関係しか築けない傾向がみられます。
また性的虐待を受けた子どもには、異性への拒否反応が強く出たり、同性とも信頼関係が築けなかったりすることがあります。性的で大人びた言動がみられることもあります。
将来、大人になって家庭をもち、子育てをしていくためには、信頼できる外部からの支援やトラウマケアを受けながら、過去の経験を振り返って受け止め、基本的信頼感に基づく人間関係を内面化し、精神的に安定的した生活を送っていくまでのいくつものハードルを長い時間をかけて乗り越えなくてはいけません。
3,社会的スキルの喪失
一般的にその年齢で経験してくるはずの遊びや社会生活体験がなく、その場に合った適切なソーシャルスキルが獲得されていない様子が頻繁にみられます。集団へのなじみにくさがあり交友関係が広がりにくい様子もみられます。
失ったすべてをやりなすことはできませんが、外部からの支援を受けながらいくつかの子ども時代の遊びや経験をし直すことで自分の立っている場所への自己理解が進んでいく可能性があります。
いずれの場合も、子どもにとって被虐体験は、他人との人間関係をつくって人生を生きる上での大きなハンデであり、トラウマ体験(心の傷)です。「複雑性PTSD」による精神疾患などの心身の不調に一生苦しまなくてはならない人たちもいます。自死に至るケースも珍しくありません。
また、被虐待児を無関心に放置することは、その人のみならず虐待の世代間伝達にもつながりかねません。周囲から見えにくい児童虐待への早期での気づきと、救済が社会の急務です。
不足する虐待への対応と社会的支援
「虐待」への対応をする機関としては「児童相談所(児相)」が良く知られています。情報があれば家庭訪問を行い、親からの聞き取りをする権限を持っています。子どもの一時保護や短期、長期の施設への入所措置もできますが、どこの地区の児相も虐待ケースの相談がとても多く、手一杯の対応をしている状況です。本来、児相は家庭の育児や発達の相談や検査など、様々な相談に対応しているので業務が膨らんでいくばかりです。
実際に一時保護や施設入所によって、多くの子どもたちが虐待から逃れられているのは事実ですが、抱えている件数があまりに多いために、虐待のリスクがあっても危機的と判断されない限り在宅措置になることも多くあり、実際に児相が家庭訪問をしているにも関わらず虐待死する子どもが後を絶たず問題になっています。
そんな中、2022年の児童福祉法の改正に伴って、国の「子育て短期支援事業」が始まりつつあります。
それを受けて各自治体では、子どもを養育することが一時的に困難となった場合や一時的に子育てから離れて親子の心身を休める(レスパイトケア)が必要な場合に、子ども・保護者が短期入所できるショートステイ事業や、夜間子どもを預かるトワイライト事業を始めています。(各地域の児童養護施設等を利用)
それぞれの自治体の居住者であれば、児童相談所とは別に希望者が申し込み、各自治体の窓口の判断で利用が決まる仕組みは新しい試みです。まだ、利用者の規模が小さいので、今後広がってほしい取り組みのひとつです。
以下はある自治体の事業例です。
<ショートステイ・トワイライトステイ事業>
児童養護施設において、お子さんをお預かりします。
詳細はお気軽にお問い合わせください。
- 「親族に頼れず夜遅くまで子どもだけで留守番をさせざるを得ない」
- 「子育てに疲れて子どもを傷つけてしまうかもしれない」
- 児童を養育している保護者が精神的に不安定なとき
- 疾病、環境上の理由などによって、家庭での養育が一時的に困難なとき、など。
対 象 : 町に住民登録がある満3歳から18歳未満の児童(※)
利用料 : 1泊2日の料金
ショートステイ (食事付、最長6泊まで)※日帰りも要相談
町民 4000円(以降1日2000円追加)
非課税世帯 2000円(以降1日1000円追加)
ひとり親世帯 1000円(以降1日500円追加)
生活保護世帯 0円
トワイライトステイ(原則17時から22時)
町民 2000円
非課税世帯 1000円
ひとり親世帯 500円
生活保護世帯 0円
※政府は、2歳児未満や慢性疾患児も対象。通学の付き添いなどの支援も例示しています。
虐待に至る状況を作らないための親への支援を
先日、母親が小学生の兄の首を絞め、5歳の妹を浴槽に沈める(妹は死亡)という痛ましい事件が横浜で起こりました。帰宅した父親が発見したそうです。日頃見かける一家の姿は仲の良い家族で、母親が育児で悩んでいる様子はなかったそうです。日常的な暴力痕もなく、交流していた家庭の子どもたちは「やさしいお母さんだ」と話していて、周囲の衝撃は大きいとのことです。
外からでは本当のところはまったくわかりませんが、子どもが犠牲になる事件が、なぜ繰り返し起こるのでしょうか。
虐待状況に陥り、子どもが傷ついた事件後には決まって親を責める声が聞かれます。その殆どが、子育ての機能をもてない家庭環境を作った「親」の自己責任で切り捨てられます。また、手遅れになった児相の対応が批判されます。
しかし、それでは何も変わりません。児相の機能を高めたとしても、虐待を生む家庭状況が増えれば、子どもたちの被害が減ることはありません。また、少し想像力を働かせてみればわかることですが、虐待するに至った多くの親たちも深く傷ついています。家庭の中で虐待が起きる状況を減らさない限り、誰も幸せにはなれないのです。その道のりを遠くしているものは何なのでしょうか。
妊娠して出産し、乳幼児の育児が始まる初期の段階から、広く親の状況に合った支援システムが地域社会には必要です。
現在は、産科と保健所の乳幼児健診や養育相談、保育所を中心とした取り組みが中心ですが、実際には個別化して親族の協力が得られにくい家庭では、養育の負荷が親だけに重くのしかかっているケースも多くみられます。
養育のストレスや不安は親自身の気持ちを弱くしていきます。どうしていいかわからない不安定な状況の中での養育の連続が、親から子どもを受け入れる余裕を奪います。
社会の変化によって「家庭」の姿が変わっても、社会全体の雰囲気は保守的な「あるべき家族像」を押し付けがちです。過去の価値観に捉われた「家庭」や「家族」であり続けようとしてひび割れてしまう家庭も実際にあります。虐待はそんな状況下で起こることが多くあると言われています。
多くの虐待ケースの親に共通しているのは、子どもの個としての人格を尊重していない点にあります。親の良かれと思う「しつけ」や「教育」が、子どもの言い分も聞くことなく一方的な押し付けになるとき、それは「暴力」になるのです。「暴力」は必ずエスカレートしていきます。
児童虐待に至る前に、苦しんでいる親を支援できる手立てこそ必要なのです。
虐待の世代間伝達を止める
「被虐体験をもつ親は、わが子に虐待をしてしまう」と言われますが、必ずしもそうではありません。確かにそのようなケースは多く紹介されていますし、被虐体験の親の虐待リスクが高い側面は否定できません。
しかし、被虐体験があっても早期に保護されてケアを受ける、大人になってからの自分を理解してくれる友人との出会いがもてる、などの経験を通して、自分のトラウマ体験を客観化し、自己コントロールする力を身につけ、自分の体験を反面教師にして、健康的な子育てをしている人たちも多くいます。
虐待する親に反発して家出をしたり、自分から保護所に行ったりできた子どもは、精神的に早く親との決別ができるので支援を受け入れて立ち直るケースが多いと言われていますが、幼い子どもほど虐待環境に適応して、親の依存を受け入れてしまうので、なかなか親を断ち切ることができません。どこまでも「親子」であろうとしてしまうのです。
そして長期に渡る虐待に晒されることで社会生活そのものが困難なケースもあります。後者が家庭を持って子育てをする場合は高リスクになります。さらに被虐体験を誰にも知られず、語らずにきた人たちのリスクは高まります。
子育てに、より多くの人が関わり、見守ることができる地域社会の中で、虐待を早期発見して虐待の世代間伝達を止めることが、社会の虐待対応の最終目標とも言えるのです。