リフレーミング(reframing)してみよう

~「リフレーミング」は心理学の家族療法の技法で、これまでと異なる角度からのアプローチ、視点の変化、別の焦点化、解釈の変更という「フレーム」の架け替えによって、同じ「絵(状況)」でも違った見え方になり、自分や相手の生き方の健康度を上げていくことを言います。この能力は誰しも潜在的にもっていると考えられています。 これから私が書いていくことは、ジャンルを超えて多岐に渡ることになりますが、自分の潜在能力を使って、いま私たちの目の前にあること、起こっていることの真実に少しずつ近づいていけたらと思っています。

「不登校」当事者から不登校を学ぶ(その16)~周囲の「格付け」に苦しく・学生落語日本一の早大生 佐々木駿介さん(上)(毎日新聞記事10/27から)ストレスから強迫性障害を発症して高校を中退

和歌山から岐阜に転居した佐々木さんは、中学生の時に人を「格付け」するような学校の空気の中で「陰口」に悩み、精神的に疲労してしまいました。

その後、コロナ禍で進学した公立高校で不調に陥り、「強迫性障害」の診断を受けます。

登校再開後は人の視線が気になり、首に「チック」症状が現れ、高校を中退しました。

今回は、学校環境について考えます。

 佐々木駿介さん

【以下記事】

周囲の「格付け」に苦しく

「不登校とわたし」佐々木駿介さん(上)早大生 学生落語日本一(毎日新聞10/27付)

 

幼少期から人と話すことが得意な方ではありませんでした。

小学4年まで住んでいた和歌山県では、おとなしくても周囲は関西人らしく話しかけて仲良くしてくれました。

その後、岐阜県に引っ越しましたが、思春期にさしかかる中で探り合いのような空気があり、あまりなじめませんでした。

 

進学した公立中学校では、「陽キャ」「陰キャ」のような“格付け”を明確に感じるようになりました。

その雰囲気がとても苦しかった。

授業で発表する際にうまく話せないと、ヒソヒソと陰口が聞こえてくることもありました。

中学2年になると、頭の中で嫌な単語や場面が浮かんでくるようになりました。

それを打ち消すために、きれいな単語、きれいな場面を必死に思い浮かべる。

頭の中でずっとそれが繰り返され、精神的にも疲れていました。

 

ただ、当時は一過性のものだろうと思っていました。

自分の心や頭の中で起きていることを説明する語彙力もありませんでした。言葉にしにくく、なかなか両親には言い出せませんでした。

受験を終えて、公立高校への入学が決まりましたが、新型コロナウィルスの拡大により、一斉臨時休校が続きました。

自宅でぼーっと過ごしている方がいろいろと考えてしまい、苦しくなって「もう打ち明けよう」と両親に相談しました。

 

中学校の環境については両親も知っていました。

僕の顔色が悪いと心配していたこともあり、症状を話した時は自然と受け止めてくれたように思います。強迫性障害と診断を受けました。

高校では夏にさしかかる頃にようやく登校が始まりました。

テニス部に所属していましたが、体育系の生徒が多い中で、陰口を言われることもありました。

2学期に入ると、周囲の視線が気になるようになりました。

教室では前方の席でしたが、視線を感じてしまうのです。

次第に、ふいに首が動いてしまうチック症状がでるようになりました。

翌年2月、治療に専念する意味もあり、通っていた高校をやめることにしました。

中学は3年間インフルエンザ以外で休むことはなく、高校も休まず登校していたからか、両親は「よく頑張ったね」と言葉をかけてくれました。

 

編入先となる通信制高校は母親が見つけてくれました。

登校するのは2週間に1度だけ。あとはオンラインで授業を受けて、課題に取り組みました。

もう一か所、母親が見つけてくれたのは、不登校や高校中退からの大学進学をサポートする「河合塾コスモ」という予備校でした。

勉強以外にも少人数のゼミのようなプログラムがあると言われて「面白いかもしれない」と感じました。

【以上記事】  【聞き手・井川加菜美、写真も】→(中)に続く

佐々木駿介さん

2004年生まれ。早稲田大学文学部4年生。早大落語研究会に所属し、2月には学生落語の日本一を決める第23回全日本学生落語選手権「策伝大賞」で最優秀賞にあたる策伝大賞に輝いた。

「格付け」は「いじめ」の温床

 佐々木さんの言う「格付け」とは、いわゆる「スクールカースト」(佐々木さんはその言葉を使用していませんが)のようなものだったと考えられます。

 

 「スクールカースト」(和製英語)は、学校の閉鎖的集団の空気を保とうとする心理から自然発生的に作り出される生徒同士の暗黙の序列や階層構造(ヒエラルキー)です。

 例えば、クラスで中心になる「一軍」、一般階層の「二軍」、それ以下の大人しいオタク系などの「三軍」以下など、暗黙にグループ化されます。

 未成熟な子どものために、対人コミュニケーション能力や容姿、運動能力、部活動でのポジションなどが複合的に影響し、上下関係の序列の固定化につながります。

 以前からどの学校にもクラスや学年集団内の序列は少なからずありましたが、テレビドラマに出てくる絵に描いたような「スクールカースト」が、すべての学校であるわけではありません。

 しかし、今学校では、集団への不安から教室に入れない子どもが増えているのも事実なのです。

「スクールカースト」のような集団の上下関係を伴う序列化は、その時の構成メンバーや学校がある地域性、教員の指導の姿勢などが影響して形成されていくと言われています。

 特に教員からの、「皆が仲良く」「クラスの団結」などの同調圧力が強くある学校では、子ども同士の自由な個々の横の人間関係が作れずに、流れに乗れる強者と乗れない弱者が生まれ、支配被支配の上下関係を固定化していきます。

 かつて戦時中の右向け右の一定の価値観を強制される学校を想像して重ねてみるとわかりやすいかもしれません。

 

 そんな中で大半の子どもが自分の身を守るためだけの人間関係を作り始めると、集団内で虐げられるグループに手を差し伸べる者は減っていきます。

 そのような閉鎖的な環境は陰口やいじめ、嫌がらせの温床となります。

 そんな不健康な学校生活を毎日過ごす子どもたちは、徐々にストレスに蝕まれ、疲れ果て、心身の不調に陥っていくのです。

佐々木さんが発症した精神疾患・強迫性障害とは

 日頃から神経質で不安や心配が多く、几帳面で潔癖症な人がかかりやすい精神疾患で、自他ともに病識がなく進行してしまうことが多い病気です。

 「強迫性障害」には、「強迫観念」と「強迫行為」の二つの症状があり、生活上の機能障害を引き起こしていきます。

 

 「強迫観念」は頭から離れない考えのことで、その内容が自分では「不合理」だとわかっていても、頭から追い払うことができません。

 「強迫行為」は、強迫観念から生まれた不安にかきたてられて行う行為のことです。自分で「やりすぎ」「無意味」とわかっていてもやめられません。

 例えば、不潔が怖くなって過剰に手を洗う、侵入が怖くて戸締りを何度も確認するなどが挙げられます。

 

 佐々木さんの場合も二つの症状が中学2年生の時に現れています。

 

「授業で発表する際にうまく話せないと、ヒソヒソと陰口が聞こえてくることもありました。中学2年になると、頭の中で嫌な単語や場面が浮かんでくるようになりました。

それを打ち消すために、きれいな単語、きれいな場面を必死に思い浮かべる。頭の中でずっとそれが繰り返され、精神的にも疲れていました。」

 

 陰口を聞いているうちに、そのことが頭から離れなくなり(強迫観念)、きれいな単語やきれいな場面を思い浮かべる。(強迫行為)

 このことをずっと繰り返すようになって精神的に追い詰められていったのです。

 

 高校では、不安や緊張などのストレスから強迫性障害が悪化し、他者からの視線恐怖と首の運動チックが始まります。

常に学校環境を見直す必要があります

 発達特性や感覚過敏、繊細なHSC傾向などをもつ子どもへの配慮や目配りが必要なことは最近よく知られるようになりましたが、個々の不適応の原因は依然として個人にだけ向けられがちです。

 佐々木さんのように学校環境に追い詰められていくケースは後を絶ちません。

 

 はっきりと「いじめ」が顕在化していない学校でも、集団の質が学校不適応の増減を左右します。学校不適応の原因を個人の問題に帰する前に、教員は学校環境作りに不作為がないのかどうか日々検証しなくてはなりません。

 子どもの集団の健康度を保つためには、日頃からの行動観察や子どもとの雑談などを通して得られる情報などを集めて、子どもが日々生活する環境であるクラスや学年集団の状態をチェックしていく必要があります。 

 

 佐々木さんの強迫性障害の原因は明らかに学校環境であり、個人の気質や性格に起因するものではありません。

 それは、佐々木さんの異変に誰も気づかず、その孤立に手を差し伸べないことがすべてを物語っています。

 それでも登校を続けて精神を病んでいった佐々木さんの苦しみは如何ばかりだったのでしょう。

「不登校」当事者から不登校を学ぶ(その15)~教室に居場所なく保健室で救われる・ジャッジしない大人の存在(作家の松素めぐりさん)

学校では登校しても教室に入りにくい子どもたちが多く見られ、校内支援センターのような別室を利用したり、保健室や相談室などで過ごしたりしています。

「不登校」は年間30日以上の欠席と定義付けがありますが、教室に「居場所」がない彼らも広義の「不登校」として捉え、支援していくことが必要です。

 

子どもには学校に安心できる「居場所」があることは学校との現実的なつながりそのものです。

では、「居場所」になる条件とは、どのようなものでしょうか?

「教室に居場所なく保健室で救われた」松素さん

作家の松素めぐりさんの体験談、『保健室で子どもを救った「ジャッジしない」大人』の一部を抜粋して紹介します。(講談社コクリコ2026/8/25の記事)

 

【以下記事】(抜粋)

保健室で子どもを救った「ジャッジしない」大人

教室にいるのが辛くなると「保健室」へ向かった中学生時代

私が保健室によく行っていたのは中学1年生のときのこと。私は私立の小学校から公立の中学校に入学したことで、うまく友達に馴染めずにいました。


公立の中学校って、同じ小学校の友達でグループができやすいんです。
それまでのびのびとした校風の私立校で過ごしていたこともあり、「いままでの私の常識は通用しないんだ」と打ちのめされました。

明確な「いじめ」があったわけではないんです。でも嫌われているのだろうなと自覚する出来事は、何度かありました。
たとえばみんなで「テーマパークに行こう」と話していたのに、いつの間にか私抜きで行っていて、お土産だけを渡されたり。すごい話が盛り上がっていたのに、私が教室に入った途端にシーンとなったり……。

幸い、他に話してくれる子が何人かいたので救われましたし、学年が上がっていくうちに互いに成長して、そういったことはなくなりました。


ただ、いまだに誰がやったかわからないのですが、朝学校に来たら上履きが水浸しになっていたり、ゴムが切られていたり、中に画鋲がびっしり入っていたりなど、上履きへのイタズラが続いた時期はありました。

教室にいるのが辛くなると、保健室に行きました。休み時間や放課後、授業中に仮病をつかって行ったこともあります。

保健室の先生は私を「ジャッジ」しない存在でした

友達や先生の前ではいい子でいなきゃと気が張っていたけれど、保健室の先生は私をジャッジしなかった。私がどんな振る舞いをしても、好きでいてくれる安心感があったんです。

保健室のベッドに横になっていると、いろんな生徒がやってきます。もちろん具合が悪い子もいるけれど、私みたいに先生に悩みを聞いてもらいたい子もたくさんいて。
ベッドのカーテン越しに漏れ聞こえてくるほかの生徒の悩みを知って「悩んでいるのは私だけじゃないんだ」とホッとしたことを覚えています。

中学生の辛かったとき、どうしても教室にいなきゃいけない時間は、想像を膨らまして逃げ場をつくっていました。
よく考えていたのは、校庭に温泉宿があったらいいなって妄想。

小さいころから温泉が好きで「日本の温泉宿100連発」みたいなテレビ番組が大好きだったんです。
大人になって物語を書くようになったとき、あのときの妄想を物語にできないかなと考えました。

日本全国の子どもたちが保健室を通ってふらりと立ち寄り、お互いの悩みを話せるような温泉宿。

そんな場所があったら素敵だなと思って書いたのが『保健室経由、かねやま本館。』です。

「タイパ」の悪い子どもだった

タイパ命の風潮を見ると、時代に取り残されてしまった気分になります。
私のタイパが悪いのは、幼いころからです。


コツコツ勉強できる秀才タイプの兄と、愛嬌と要領の良さに恵まれた妹のあいだで、なかなか宿題に手をつけずにのんびり生きていた私。

親からは「このままだとあなたはキリギリスになっちゃうよ」と𠮟られてきました。
童話「アリとキリギリス」の、キリギリスのようだと言われていたのですね。

タイパを求めることで 切り捨てられてしまうもの

もちろん宿題はやったほうがいいと思います。

でもすべての世界にタイパが当てはまるわけではないのかなと。

たとえば作家という仕事は、決められた時間、机に向かっているだけで作品は書けません。・・・・・・すべてのことをタイパがいい、悪いで判断していたら、大事なものを切り捨ててしまうのではないか。

・・・・・・まさに「私に必要なテーマだ!」と感じて書きあげたのが、『ダメダメ小学校 タイパわるいのダメですか?』です。

(中略)

学校生活で苦しんでいる子がいるなら、同級生が友達のすべてではないと伝えたいです。

私はいま40代だけど、80代と70代の親友が2人います。

学生時代は学校が世界のすべてに見えるけど必ず通り過ぎていくものなので、近所の人とかお母さんの友達とか、違う世代に友達をつくってみてください。

いま思うと、中学生の私にとっての保健室の先生も、そういう存在だったのかなって思います。

(取材・執筆/山口真央)

松素 めぐり:作家 1985年生まれ。東京都出身。多摩美術大学美術学部絵画学科卒業。本シリーズ第1巻『保健室経由、かねやま本館。』で第60回講談社児童文学新人賞を受賞。『保健室経由、かねやま本館。』第1~3巻で第50回児童文芸新人賞を受賞。

【以上記事】

 

「ジャッジ」しない養護教諭が与えた安心と居場所

 「ジャッジする」=「judge」とは、「判断する」「評価する」などの意味がありますが、ここでは、養護教諭(保健室の先生)と私(中学生の松素さん)との「ジャッジしない」という関係性を示しています。

 これは、私の状況によって保健室の受け入れ方を判断する教員と生徒という指導の関係ではなく、私を無条件に保健室に受け入れてくれる人としての信頼関係です。

「友達や先生の前ではいい子でいなきゃと気が張っていたけれど、保健室の先生は私をジャッジしなかった。私がどんな振る舞いをしても、好きでいてくれる安心感があった」と松素さんは言っています。

 教室に居場所をなくして保健室にやってくる私を理解し、いつでも受け入れる保健室が私の学校での唯一の「居場所」だったのです。

 

 子どもにとって無条件に帰れる家が安心できる「居場所」(=「安全基地」)であるように、学校で一番長い時間を過ごす教室が「居場所」であれば毎日安心できる学校生活を過ごせることでしょう。

 しかし、教室に居場所がない子どもにとっては、このように無条件で受け入れてくれる保健室があることが学校での心の支えになることもあるのです。

いま学校の隙間の「居場所」に救われる子どもが減っています

  最近の学校は、子どもが教室に入りづらくなると「校内支援センター」のような別室登校を勧められることが多く、校内支援のシステム化が進んでいます。

 これは一見「進歩」に見えますが、システム化が進むと「教室に入れない時は校内支援センターへ」というパターンがはっきりと決められてしまい、そのパターンに合わない子どもは行き場を失うことがあります。

 

 保健室も「体調不良の子どもに対応するため」という本来の目的が明確化され、記事の中学生の松素さんのような利用は滞在時間の制限を受けることが多くなりました。

 今はかつて多くあった「保健室登校」も少なくなりました。どの子も「具合の悪い子ども」ではあるとは思うのですが・・・。

 

 個々の違いを無視して「システム化」を効率追求形で進めてしまうと、新たな「管理」を生み出し、かえって学校から「おおらかさ」や「アバウトな部分」を失わせます。松素さんとは真逆のタイパ追及型のシステムとも言えるかもしれません。

 その結果、子どもが安心して入り込める隙間の「居場所」が奪われてしまうのです。

 

 先日の報道で2025年の小中高生の自殺者は538人。4年連続500人台を超え過去最高値となりました。(警察庁統計)

<小学生10(男6・女4)、中学生172(男77・女95)、高校生356(男177・女179)>

 日本では高水準の4年間だけでも2,094人もの小中高生が自殺しています。未遂者を含めればその裾野はもっと広いでしょう。

 家庭にも学校にも「生きる居場所」がない子どもが増え続けているこの不幸な異常事態は、今の社会を担う大人たちが向かっている方向に重大な誤謬や見落としがあることをはっきりと示しているのです。

 

(お借りしました)







 

「発達障害」~ADHDの子どもを育てる関わりと環境調整

前回に引き続き、「発達障害」の子どもを育てるための向き合い方について考えていきます。

その日の持ち物や提出物、多くの決まり事や約束の上に一日の時間割でプログラムされる学校生活、学習課題も様々で宿題もあります。

発達障害の特性を持つ子どもは、学校生活上の躓きや、集団生活での人間関係のトラブルなどを抱えやすく、注意や指導を受けることが多くなり、どうしても学校や自分に対してマイナスの感情を抱きやすくなります。

私たちは、現在の学校教育での「学校適応」のあり方についても、今一度考えていく必要があります。

今回もADHD(注意欠如多動症)を取り上げ、児童精神科医の本田秀夫さんの記事「発達の凸凹と向き合う」を紹介します。

 

【以下記事】(抜粋)

忘れ物が多い、宿題をやらない……親のしつけが悪いの? 

本田秀夫さんに聞く「発達凸凹と向き合う」

『ADHD』の子を育てる(朝日新聞 EduA 4/20)から

 

忘れ物が多い、宿題になかなか取り組まない……。子どものそんな姿に、ついイライラして叱ってしまうことはありませんか。

特にADHD(注意欠如多動症)がある子どもの場合、保護者は「自分のしつけが悪いのだろうか」と悩みを抱えがちです。

しかし、児童精神科医の本田秀夫さんは、「叱るのは実は逆効果になりやすい」と指摘します。

ADHDの子どもとどう向き合えばよいのか。

本田さんに聞きました。

ADHDが目立つのは「大人が厳しくなったから」

――忘れ物が多かったり、夏休みの宿題をやらなかったり、部屋の片付けやお金の管理が苦手といった問題への対処法が、ご著書では具体的に書かれています。

発達障害の診断の有無にかかわらず多くの子どもに見られる悩みかと思います。

ADHDの特性がある場合とない場合で、対処法は変わるのでしょうか。

 

基本的には一緒ですよ。ADHDがクローズアップされやすくなったのは、大人が厳しくなったからです。

これは学校の不登校の問題にも全部つながる話なのですが、みんなが「しっかり教育しよう」と思えば思うほど、発達障害の人たちにとってはつらくなるんです。

 

そもそも、どこからを「障害」と見なすかというのは、結局のところ本人や周囲の人たちが支障を感じた時に障害になるわけですよね。

社会全体で支障を感じやすくなると、障害と診断される人が増えてきます。

 

学校の先生が子どもに要求する期待値や、親が家庭で「これくらいできてもらわなきゃ困る」と思う期待値、そのハードルが全体に上がるほど、それが障害として認識されやすくなる。ADHDは、まさにその代表例です。

 ――なるほど。対処法は基本的に同じだということですね。先生の本では、繰り返し「叱りすぎないこと」「環境調整をすること」が大切だと説かれています。改めて、叱りすぎることの弊害と、「ここは叱ったほうがいい」というポイントについて教えてください。

 

ADHDの人は、どうしてもミスの確率が高くなります。

その確率を下げようという目標を立てて、そのために叱るということをやっていると、実は逆効果になりやすいのです。

 

例えば野球でも、3割打てるバッターもいれば、練習してもどうしても2割台でとどまる人もいますよね。

それと同じで、ADHDの人の忘れ物やミス、時間の遅れといったことも、毎回失敗するわけではないけれど、何割かの確率で失敗する。

 

ADHDの人はその確率が高いのです。 その確率を下げようとしても、本人がどんなに努力してもどこかで限界が生じます。

努力してミスの確率を3%まで減らせるのか、3割で止まりなのかには個人差があります。

自己理解を促して

――できる時もあるだけに、親としては「できるじゃない!」と言いたくなってしまいます。 そこが難しいところですよね。

 

大切なのは、どんな時だったらミスしても構わないか、どんな時だったら絶対にまずいのか、そこの見極めです。

そして、「この時だけは絶対にミスしたくない」という時に、本人がどれだけモチベーションを持ってミスを防げるか。

そこを育てていくことが必要なのです。

 

絶対ダメだという時のために、力をためておくようなイメージです。

ですから、叱るというよりは、「絶対にミスできない時だけ集中的に手伝う」という関わり方がいいでしょう。

 

絶対に忘れ物をしてはいけない時だけは、一緒に確認してあげる。

それ以外の時には、ある程度放置しておいたほうがいい。

いつもチクチクと監視されていると、子どもは息が詰まってしまいますよね。

 

忘れ物や提出物などの問題が一番出やすいのが学校なので、親と先生でよく連絡をとってください。

 

普段は多少の忘れ物は大目に見てもらい、「ここだけはまずい」という時だけ親や先生がしっかり把握して、そこだけは失敗しないようにする。

こうした経験を小さい頃に積んでおくと、適度に人を頼るという姿勢が身につくのです。 この姿勢はとても大事です。

 

いつもうるさく言われて叱られてばかりいると、「人を頼ると叱られる」と思ってしまい、警戒して頼らなくなってしまいます。

 ――叱りすぎることの弊害は他にもありますか。

怒られるからミスを隠すようになります。

あとは、親を「うざい」と嫌がるようになります。

 

特に、自閉スペクトラム症(ASD)の特性がなくADHDだけがあるお子さんの場合、外に友達ができてくると、家に寄り付かずに友達と出歩くといった方向の問題が出てくる可能性があります。

そうなると、また別の心配事が増えてしまいますよね。

 ――ADHDの特性について、子ども自身は自覚しているものなのでしょうか。

ADHDは、発達障害の中では比較的、子ども本人が自覚しやすいものです。

学習障害(LD)とADHDは自覚しやすいですね。自閉スペクトラム症が一番難しいです。

自覚するのは早いほうがいいと思いますよ。

 

「あんたは本当にそそっかしいね」とか、そういうことは軽く言って構わないんです。

「またやっちまったね」みたいな感じでね。そうやって、自分のことを理解するように促していく。

 

自分はそういう特性があるから、注意しようとか、困った時には人を頼ろうとか、そういうふうに小さい頃から思えたほうがいいんです。

「しつけが悪い」という偏見との向き合い方

――ADHDのお子さんを持つ親御さんは、「しつけがなっていない」と周囲から見られがちで、つらい思いをされることも多いと聞きます。

 

そうですね。一部の学校の先生たちの経験則の中に、「ネグレクトされている家庭の子どもは落ち着きがないことがある」というものがあるようです。

 

専門的には「脱抑制型対人交流症」というものがありまして、これは本当にネグレクトされている子どもの一部に見られるものです。その行動が一見するとADHDに似ているんですね。

 

実はこの障害は非常に頻度が少なく珍しいのですが、先生たちは「家でしつけができていない」「放置されている」から、子どもがだらしなく、多動で落ち着きがなくなる、というモデルを考えがちなんです。

 

ですから、本当は発達障害としてのADHDと考えた方がいいお子さんでも、先生が「しつけが悪いからだ」「家でほったらかしにされているんじゃないか」と思い込んでしまう。

 

親御さんは、そうした先生の偏見を感じ取って、「悪い親だと思われたくない」という気持ちを抱えてしまうのです。

 ――親御さんがサボっているわけではないのに、そう見られてしまうのはつらいですね。

ええ。日本の社会全体が、だらしなさに対して不寛容だという国民性もあるかもしれません。

時間をきっちり守るとか、そういうことに厳しいですよね。

 

私は診察の場で、だらしないのは親のせいではないということ、そして親御さんが頑張っても無理なものは無理だということをお伝えします。

親の頑張りで子どもの忘れ物が減るわけではありませんから。

「もっと頑張れば、もっと子どもが改善するはずだ」というふうには思わないでください、という説明をしますね。

【以上記事】

 

本田秀夫(ほんだ・ひでお)

児童精神科医、信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授 

東京大学医学部医学科卒業。同大学医学部附属病院精神神経科、横浜市総合リハビリテーションセンター、山梨県立こころの発達総合支援センター所長などを経て、2018年から信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授、23年から長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」センター長を兼務。

 

「最新 マンガでわかるADHDの子どもたち」(バトン社)を公刊

【目次】
はじめに:ADHDの子育てでは、メリハリが大事です
Prologue:「ADHDの子に一番大切なこと」
この本の読み方:そそっかしい子の行動を理解し、対応するには?
ADHDのキホン:そもそもADHDとは?
CASE1 うっかりミスが多い
CASE2 忘れ物が多い
CASE3 片づけるのが苦手
CASE4 入浴や歯みがきをサボる
CASE5 切り替えがうまくできない
CASE6 時間にルーズ
CASE7 授業中に立ち歩く
CASE8 夏休みの宿題が終わらない
CASE9 説明を最後まで聞かない
CASE10 話を聞いていない/姿勢が悪い
CASE11 思いつきで発言する
CASE12 叱られても反省しない
CASE13 おこづかいを初日に使い切る
CASE14 家族のお金を取ってしまう
CASE15 手抜きをする(誤解)
CASE16 不器用
おさらい:子育てで大事な「メリハリ」のつけ方を振り返る
Epilogue:「『いい親』に見えなくてもいい!」
まとめ:自閉スペクトラム症とADHD、それぞれのポイント
After Talk:「要求のハードルを下げるのは難しい」の声にお応えします!

「発達障害」~「検査」「診断」に前のめりになる学校

「この子、多動で立ち歩きがあって手も出やすいので発達障害だと思うんですけど。カウンセラー(SC)から親に検査するように勧めてもらえますか。」

学校生活や授業での不適応行動が見られる子どもを、SCの相談室に連れてくる学級担任が増えてきています。

 

「発達障害」の概念は社会に広く知られる時代になりましたが、「学校適応上の困難を特定して早く除去したい」という教員の思いだけが先行する傾向があり、かえって子どもや親を追い詰めてしまうことも起きています。

※現在、「発達障害」は社会的概念の言葉となり診断名ではありません。医学の診断基準(DSM-5-TR)では」「神経発達症」が正式な用語になっています。

(知的発達症(MR)、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、コミュニケーション症群、限局性学習症(SLD)、チック症、発達性強調運動症、常同行動症が含まれます。)

不適応行動を早く治して適応させたいという「余裕のなさ」が子どもを置き去りにする

 子どもの不適応行動の原因を見つけることはそう簡単ではありません。

 授業中落ち着きがなく多動で立ち歩きが見られ、すぐに手が出てしまう子どもは本当にADHDなのでしょうか。

 子どもは低学年ほど「多動」が当り前です。幼い子どもは座っていても手や足をクネクネ動かしたり、首を背中の方にクルリと回したり、手遊びして欠伸したり、話を聞いているようで聞いていないようで、でも同じところで皆で笑う、というような感じの共通項があります。

 

 以前紹介した多動傾向のある子どもが不登校になったケースでは、小1のクラス担任が厳しい人で、指先まで緊張を強いるような姿勢を全員に強制したことで首が一定方向に曲がってしまったことが原因でした。(首は不登校になって改善しました)

 教員は教室の秩序を保って授業やその他の活動を進めようとしますから、子どもに注意喚起したり強く指示を徹底したりすることもありますが、このケースのように「過ぎたるは及ばざるが如し」となることもあります。

 

 また逆に教員が子どもとの摩擦を避けて枠を緩めすぎると、抑制が効かずに立ち歩く子どもが出てきて、それまで何とか収まっていた多動傾向の子どもがそれに触発されて立ち歩き始めて一気に学級崩壊に至るということも珍しくありません。

 でも、授業中立ち歩いたりすぐ手が出たりする子どもが皆ADHDというわけではありません。

 不適切な養育環境、発達の遅れ、不十分な愛着形成(アタッチメント)、心理的虐待、小児期逆境体験(ACE)、親子関係、きょうだいとの関係、クラス内の人間関係や担任のやり方への不満など・・・いろいろな要因が考えられます。

 

 ひとりひとりの背景は様々、担任の性格や力量や子どもとの相性も様々、ですからクラスの状況も様々で、一概にこうだという結論は難しいのです。

 

 困難な状況に陥ったときほど、単純に「子どもが悪い」「発達障害が原因だ」と決めつけるのは、大人にとっては実に都合の良い言い訳になりやすいことも頭に入れておくべきでしょう。(今の社会は、物事を単純化して白黒つける傾向が強いですね。)

 したがって、状況を分析して相手をよく知り、広く関係性を作り、子どもにわかりやすく話しかけて適度な落としどころを見つけられる教員が、子どもからの信頼を基盤に落ち着いたクラスを作る可能性を多く持つことになります。

 また強い多動傾向を持つ子どもも環境によって行動が変化します。一定の配慮や声掛けなどがあれば、そこそこ適応的にやっていける子どもも多くいるのです。

 

 しかし、子どもに向き合うことなく、環境調整や声掛けの工夫もせずに「病院に行って検査をして診断を受け、投薬してもらえ」と言うのはあまりに乱暴に過ぎます。

 これは一方的に「お前が悪いから治せ」と言われているに等しく、子ども自身の困り感やつらさをないがしろにすることに他なりません。

 実際に、発達特性や他の要因によって人間関係トラブルや不登校などの不適応行動があった多くの子どもたちが、自分の存在に自信が持てないまま大人になっています。

 

 まず、大人である教員や保護者が「余裕のない」状況に陥っていないかを自己点検すべきなのです。

 最近の新聞記事で、医療機関もそんな学校の風潮に影響されてきていることが伝えられています。

【以下記事】(抜粋)を紹介します。

 

診察わずか10分で「発達障害」と診断、投薬に走る一部医師 脳科学者が抗う医療・教育界の悪習

(東京新聞9/12付 「発達障害を考える 第一部 脳を育てる」から)

 

学校などで発達障害を疑われて受診する子どもが急増し、過剰な診断・投薬や教育現場での過度な受診勧奨が広がっている。

◆薬を処方されたが、状態がよくならない

「5分や10分の診療で、子どもが発達障害と診断され、医師から『今から出す薬を飲ませないと、大変なことになりますよ』などと言われたという話は、親から何回も聞きましたね」

発達障害や不登校、ひきこもりに悩む親子を支援する千葉県流山市の「子育て科学アクシス」。代表の脳科学者で小児科医の成田奈緒子らの元には、他の医療機関で薬を処方されたが、状態がよくならないとして来る親子が後を絶たない。

 

発達障害の診断は基本的に問診や検査を重ねて時間をかけて慎重に行う。

母子手帳などを参照しながら、運動や発語などの発達歴や成育歴、生活環境、学校での様子のほか、人見知りの強さや順番を待てないかなど、あらゆることを聴く。

あらかじめ質問票に書いてもらうこともある。

さらに必要な心理検査や発達検査をして総合的に判断する。

 

「親の訴えをよく聴いて子どもをよく観察し、診断ガイドラインに該当するかどうかを、一つ一つ見極めていくので、診断には1時間以上かかる」と成田。

 

心理検査と発達検査 心理学的な方法で、知能や認知などを調べる心理検査には、知能検査や発達検査、性格検査などがある。

発達検査は子どもの発達の状態を調べるもので、子どもと心理士らが1対1で、積み木やカードなどを使った遊びや課題、運動などを通じて調べる。検査者とのやりとりや集中力などもみる。

検査だけで発達障害かどうかの診断はできない。

    WISC検査

◆短時間の診察で診断…投薬の背景には

ところが、実際は10分程度の診察で「うちの子は学校で落ち着きがない」などの話をいくつか聞き、後は親や教師に事前に記入してもらうチェックシートを見て発達障害と診断し、薬を処方するケースもある。

 

「発達障害の診断には、病気の有無や治療効果を測る血液検査のような指標はありません。質問への答えは本人のものではなく、親や教師ら周りの大人の主観です。子どもに聞くと、『困ったことは全然ないよ』という子もいる。だから時間をかけて慎重に診断する必要があります」


短時間診療や過剰投薬の背景に、成田は診療報酬の問題があるとみる。

現在の報酬の水準では、経営的に診察に時間をかけられないという。

そのため時間を短くして1日の患者数を増やして収入を確保しがちだ。

 

ここ20年、精神科クリニックは毎年増え続ける。

薬を処方すれば患者がコンスタントに長期来院して収入増につながることも、薬物治療が精神医療の中心となる背景とみられる。

     コンサータ

◆抗ADHD薬「前頭葉の発達にどんな影響があるのか」

「発達障害の診断がつく子であっても、10歳以降に前頭葉で最終的な発達が促されます。

その前に抗ADHD薬のような前頭葉をモディファイ(調節)する薬を入れることが、前頭葉の発達にどんな影響があるのか、いつも危惧しています。

だから投薬はできる限り延ばしたい」

 

日本で6歳以上の子どもに抗ADHD薬が初めて承認されたのは2007年。

成田はその当時から「学会などで発達障害の過剰診断をやめて家庭生活の改善からやりましょうと発表してきたけど、見向きもされなかった」。

一方で、診断と投薬は急増していった。

 

十分な時間をかけて診断し、親に働きかけることで子どもの状態を改善しようと、医療の枠を超えたアクシスを2014年に事業化。独自の「ペアレンティング・トレーニング」で結果を出し、医療・教育界の注目を集めるようになった。

 

「情報があふれる時代、発達障害という言葉に振り回され、困っている親子や教育関係者が多いように感じます。家庭生活を改善して、子どもの脳を育てる取り組みを広めていきたい」

(担当 杉谷剛)

【以上記事】

子どもの成長を真ん中においた支援を進めるには

 余裕のない大人は子どもの困難な状況の解決を急いで、即効性を第一に考えがちです。

 しかし目の前の困難が大きく感じるときこそ、子どもの健康と成長を一番目に置いているかどうかを大人は自分に問いかけてほしいと思います。

 

 その子らしさとは何なのか?

 今の適応を阻害している「短所」と思われるところを本当に失くしてしまっていいのか?

 「長所」と「短所」は相補的な関係にあるのではないか?

 大人の価値観だけで子どもを見過ぎていないか?

 大人の関わりや環境を変えることで解消できることはないのか?

 

 子どもに向き合って状態をもっと理解してみることから始めて、まず生活環境や家族の関わり方、学校での教員の声のかけ方、教室での配慮などの環境調整から始めて、日々の生活を重ねてみてください。

 医療機関で相談することは、さらに前向きに子どもの理解を深めるための手段です。検査も「やって良かった」と親子で思える検査にしなくては意味がありません。

 無理にイヤイヤ受診して検査しても正しい結果は得られませんし、たとえ診断が出たとしても、その子がその子であることは何も変わらないのですから。

 

 また、この記事のように子どもへの投薬は慎重を期する必要があります。

 ADHDに限らず、すぐに向精神薬などを処方する医療機関については、投薬の必要性や副作用について納得いくまでの説明を求めるべきでしょう。

 少なくとも短時間診療だけで当日に向精神薬などの処方がある医療機関は要注意です。

 

 →次回はADHDの子どもへの関りや環境調整について触れていきます。

「不登校」当事者から不登校を学ぶ(その14)~不登校時代の苦しみと救われたこと:分身ロボット「オリヒメOriHime」開発者・吉藤オリィさん

学校や職場に出向くことが困難でも、分身ロボット「OriHime」で学習や仕事をすることを実現した吉藤オリィさん。

自身の苦しかった不登校時代(小5~中2)を振り返って語っています。

 

今、吉藤オリィさんが作った「OriHime」の新しい「出席」の形が「学校に行けない苦しみ」を抱えた子どもたちの心を支え始めています。

学校は依然として「身体的な」出席第一主義を変えていませんが、その一方不登校の支援に「OriHime」の導入の動きもみられます。

分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」のコンセプトは“心を運ぶ車椅子”。カメラ、マイク、スピーカーが搭載され、遠隔からタブレットなどを介して操作でき、アクションや会話ができる。

今回は、「地獄の不登校時代に『死なない理由』が見つかって… 世界的分身ロボット開発者を救った『親の行動』」(2023,12,06講談社コクリコ記事から)を紹介します。

実際に接客をする分身ロボットOriHime D(左)とロボットコミュニケーター吉藤オリィさん。「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」(東京・日本橋)にて。 写真:日下部真紀

【以下記事】

不登校のころは「死なない理由」を探していた

今は、不登校だった自分に「そういうこともあるよ」と言ってあげられます。だけど、渦中にいたころはつらかった。

小学校5年生から中学2年まで、学校に行けませんでした。

毎日「このままだと友達とどんどん差が開いてしまう」「どうして自分は学校に行けないんだ」と、焦りや自己嫌悪でいっぱいになりながら部屋の天井を眺めていた。

この世の地獄でした。

「消えてしまいたい」と思ったことも一度や二度じゃありません。
自分はどうして生き残れたのか。

 

それは、当時の自分が「死なない理由」を探していたからだと思います。

生きる目的を探そうとか、夢を探そうとかではない。

「死なない理由」を求めていました。

昔から、何ごとに対しても「なんでだろう」と疑問を持つ子どもでした。

なぜ勉強しなくてはならないのか、なぜ制服を着なくてはならないのか、なぜ授業はじっとしていないといけないのか、なぜ先生や上級生に敬語を使わなくてはいけないのか……。

そんな質問を先生にしまくって、先生を疲れさせて、厄介者扱いされていました。
納得する理由が見つからない限り、従う気にはなれない。

「そういうもんだから」という言葉で従わせようという人が大嫌いでした。

学校は「そういうもんだから」の塊で、とてもつらかった。

何にでも理由を求めていくと、究極は「なぜ生きていないといけないのか」に行きついてしまう。

それは最悪の状況なんだけど、幸いなことにというか、もう一歩踏み込んで「なぜ死ぬ必要があるのか」を考えました。

死は不可逆変化です。あとから生き返りたくても生き返れない。

生き返れるなら1回死んでみるのもアリだけど、そういう経験は誰にもできない。

理由が見つかるまでは、死ぬわけにはいかないと考えたのです。

死にたいと思っている自分がいて、死なせるわけにはいかないという自分もいて、脇から自分を見ている。
前者の自分が衝動的な行動に出ないように、後者の自分は、たとえばバルコニーには近づかないといったリスクを回避する行動を取らせるように自分を管理していました。

無意識のうちに生きたいと思っていたからそんなことをしていたのか、それは自分ではわかりません。

ともかく「死なない理由」を必死に探していたおかげで、私は生き残れた気がします。

何があっても「あのときよりはマシ」と思える

その後、私は「すべての人の孤独を解消する」という人生の目標を見つけました。

それからは生きることについて悩むことはなくなりました。

目標に向かって、仲間といっしょに分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を作り、それを必要な人に届ける活動をしています。

たくさんの人との出会いが、私を後押ししてくれました。まだまだ先は長いけど、着実に前に向かって進んでいます。

ときどき「不登校の経験をどう思いますか?」と聞かれます。

「今となってはいい経験でした」という答えを期待されているのかもしれないけど、私は必ずしもそうは思わない。
とにかく苦しい日々でした。二度と同じ道をたどりたくはありません。

ただ、つらいことや苦しいことがあっても「あのときよりはマシ」とは思える。

そう思って乗り越えられる。それはありがたいですね。

同じ苦しみを誰にも味わってほしくないという気持ちで、そのころの自分が欲しかったツールを作っています。

「不登校の経験があったから今の自分がある」という言い方も好きではありません。

どんな経験をしていてもしていなくても、自分は自分です。

不登校で苦しんだ経験も自分だし、そこに正解も不正解もない。

過去を正解にできるのは、今の自分だけです。

「熱中できるものを見つければ大丈夫、私にできたんだからキミにもできる」という言い方も、プレッシャーを押しつけているみたいで、もっと好きじゃありません。

人それぞれ生き方は違う。

誰かと比べるのではなくて、自分の生き方を見つければいいんです。

将来のことを言われるのがいちばんつらかった

不登校になってすぐのころは、親もどうにか学校に行かせようとしました。

励まそうとして、いろんな言葉をかけてくれた。だけど、自分ではどうにもできない。

いちばんつらかったのは、将来のことを言われることでしたね。

「このままだと将来たいへんなことになるよ」とか。本人も、それはもうわかってるわけです。

会社が危ないときだって、具体的にどうすればいいかではなくて、このままだと倒産するよと言われたって何の助けにも救いにもなりません。

もちろん親に悪気はないのだけど。

「○○ちゃんは、きちんと学校に通ってるのに」と、人と比較されるのもつらかった。

学校に行かずに家にいればいるほど、友達との差は開いていく。

実際はそうじゃないのだけど、自分では「もう取り返しがつかない」という気持ちになります。
親が人と自分を比較するのもつらかったけど、本当は自分自身が、人と自分を比較して苦しんでいたのかもしれない。

そんな状態が続いて、いつしか親に対して敬語を使うようになりました。

生気がなくて、死んだ目をしていたと言われます。

そうなったときに、親は考えを切り替えてくれました。

笑ってくれているだけでいい、好きなことをして目を輝かせてくれたら、親としては十分だと言ってくれた。

その言葉を聞いて、気持ちがずいぶん楽になったのを覚えています。

不登校になる前は、少林寺拳法からミニバス(ミニバスケットボール)からピアノから、いろんなことをやらせてくれました。

それは不登校の間も同じでした。

いろいろやらせてくれて、何が向いているか自分探しを手伝ってくれた。

ミニバスは1ヵ月も続かなかったけど、トライ&エラーで「じゃあ、次に行こう」とまた別のことを探してくれた。

この子は何かできるはずだと信じて、可能性を追い求めてくれたことには本当に感謝しています。

親が「何でもやらせてみよう」と思ってくれたおかげで、私は今の道につながるきっかけをつかむことができました。

「あの先生に学びたい」という人に出会って、その先生がいる高校に入るために中3から学校に通い始めた。

「どうして学校に行かないんだ」「とにかく学校に行ってくれ」と言われ続けていたとしたら、どうなっていたかわかりません。

取材・文/石原壮一郎

吉藤 オリィPROFILE
1987年奈良県生まれ。株式会社オリィ研究所共同創設者代表取締役 所長。ロボットコミュニケーター。分身ロボット開発者。小学5年から中学2年まで不登校。

2022年、コンピューター界のアカデミー賞と言われる世界的な賞「アルスエレクトロニカ ゴールデンニカ」ほか、受賞多数。「孤独の解消」を人生のテーマに、分身ロボット「OriHime」を開発・普及に務める。趣味は折り紙。

→・オリィ研究所公式HP

【以上記事】

 現在、OriHimeによる不登校や病気療養中の児童・生徒への支援は、特定の学校単位だけでなく、全国の多くの自治体(教育委員会)や教育支援センター(適応指導教室)単位で導入されています。

 愛知県豊橋市では、公立小・中学校で入院や不登校の生徒向けにいち早く導入しました。

 鳥取県や広島県教育委員会では、病気療養や不登校の子どもたちが自宅や院内学級から通常学級の授業に参加する実証・導入を実施しています。

 高知県立大方高等学校では、不登校や様々な事情を持つ生徒の修学旅行への「分身参加」などに活用しています。

今年も動きがありました。以下は今年8月の東京新聞です。

【以下記事抜粋】

学校に行けない子どもが分身ロボ「オリヒメ」で会話 下野市が不登校支援に活用(2026年8月25日付 東京新聞)

栃木県下野市は、不登校傾向や対人不安を抱える児童生徒が自宅から遠隔操作できる分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を活用した支援事業を9月から始める。

市教委によると、教育の場での活用は県内初という。

手や首を動かしながら話すオリヒメ=栃木県下野市役所で

スマホで遠隔操作できるオリヒメは、対人不安のある人の社会参加を後押しするため、「オリィ研究所」(東京都中央区)が手がけた高さ約20センチの白いロボット。

自宅にいる小中学生がスマートフォンやタブレット、パソコンで教育現場に設置したロボットを遠隔操作し、コミュニケーションを行う。

ロボットにはカメラとマイクが搭載され、自身の音声とともに手や首の動作でリアルタイムに自己表現ができる。

 

心理的負担を和らげたい

下野市教委学校教育課は学習支援やカウンセリングを行う場での活用を想定しており、「対面に近い会話が可能で、自宅を出られない子どもにとって心理的負担が和らぐのでは」と期待する。【以上記事】

 「学校の出席」は学校の伝家の宝刀、権威の象徴のように使われています。

 一般的には身体を運んで登校することだけが「出席」扱いになります。最近は適応指導教室やフリースクールへの参加も「出席」と認める流れになってきていますが、在宅からのオンラインでの授業参加は原則的に「出席」にはなりません。

 

 厳格な学校では、放課後にSCの面接にだけ来校したり部活動だけ参加したりしても出席扱いにしない所もあります。

 しかし、学校の出席は集団活動の屋台骨のような存在ですが、重視の度合いが強いほど不登校の子どもや親を瀬戸際に追い込んで不安にして苦しめ、「これをやれば学校に行けるようになります」のような高額な不登校ビジネスを蔓延らせる温床にもなっています。

 

 「OriHime」の導入によって学校の「出席」がより柔軟な概念に変わり、不登校になった子どもが学校をより身近に感じられるようになることを願っています。

 院内学級での活用も

「不登校」当事者から不登校を学ぶ(その13)~「毎朝、学校にいきたくないぽんこちゃん」の成長が教えてくれるもの<古泉智浩さんの子育て日記>(東京新聞「すくすく子育て」から)

古泉さんの子育て日記には、不登校ではないけれど毎朝「学校いきたくない」子ども(ぽんこちゃん)の成長の姿が、微笑ましく?描かれています。

こんな目線に見守られていたら、ぐずぐずと学校行っちゃうかもと思わせます。

なにより、ぽんこちゃんはすぐ怒るけど、明るく元気そうでパパもうれしそうです。

そんなぽんこちゃんの成長の姿から、子どもへの向き合い方を学びます。

 

「子育て日記」の古泉智浩(こいずみ・ともひろ)さんは漫画家で、養子の11歳男児うーちゃんと、8歳女児ぽんこちゃんを育てています。

    古泉さん

では<1年生の時のぽんこちゃん>を見てみましょう

 

なんでこうなる朝のルーティン 集団登校に間に合うか、毎朝ハラハラ〈古泉智浩さんの子育て日記〉57(2024年10月30日)からの抜粋

 

「学校行きたくない」。朝、小1のぽんこちゃんの口からこの言葉が出ないよう、細心の注意を払っています。

 

それでも、ちょっとしたことでへそを曲げて怒り出し、この言葉を言い放ってドアをバン!と閉め、リビングを出て行ってしまいます。

そうなったら、なだめても逆効果。ますます怒り狂います。

 

最初はこちらも「遅刻なんてダメに決まってるでしょう」などと叱りつけていましたが、効果がないどころか事態を悪化させるだけだと分かり、今は放置です。

そうすると10分か長ければ20分くらいで「ごめんなさ~い」としおらしくリビングに戻ってきます。

 

こちらも「ごめんね、靴下履いて学校行こうね」と言いながら、どこかでまた地雷を踏まないかと、靴を履いて玄関を出るまでハラハラし通しです。

外に出ても、もう集団登校には遅れているので、学校まで手をつないで送ります。

 

「学校に行きたくないって言ってもさ、そういうわけにいかないんだから、遅刻しないでいこうよ」「わかった」。

落ち着いていれば素直なのです。

 

先週はこんな調子で集団登校に間に合ったのは1回だけです。

リビングのドアは、ぽんこちゃんが怒りを表明する道具として力いっぱい閉じるので、建て付けがおかしくなってきています。

遊ぶぽんこちゃん

<それから1年半経ちました・・・>

 

毎朝、学校に行きたくないぽんこちゃんだけど…〈古泉智浩さんの子育て日記〉57(2026年2月25日)から

なだめて共感を伝える 

小2のぽんこちゃんは毎朝不機嫌です。

 

「だってさー、今日、体育あるし、算数もあるし、6限まであるから最悪」

 

なにが「だって」なのか脈絡は不明で、このように言い出すのですが「学校行きたくない」を省略しているようです。

 

大前提としてまず学校には行きたくない。間違っても「体育楽しいじゃん。体動かすと気持ちいいでしょ」などと反論しないようにしています。「楽しくない! 大っ嫌い」などとブチ切れられて大騒ぎになってしまうからです。

 

「そうだよね、大変だよね」

「学校行きたくない」

「そうだね。わかるわかる」

 

本格的に学校に行きたくないと言い出したら大変なので、朝はとにかくなだめることに徹して共感を伝えます。実際、毎日学校に通うのも大変だと思うのです。

 

「靴がない。取ってきて」

 

食いしん坊でよかった

反対の入り口に脱ぎ捨てているから玄関に靴がないのです。

偉そうな言い方で女王様?などと思うのですが「はいはい、今取ってくるから待っててね」とダッシュします。

 

この日はそんな調子で特にグズりがひどくて支度が遅れて集団登校に遅刻したため、みんな先に行ってしまいました。

学校まで僕が一緒に歩いて送ることにしました。

歩きながらずっと「学校行きたくない。体育やだしー、6限もあるしー」と繰り返しています。

 

「でもさ、楽しいこともあるでしょ。休み時間とかお友達と遊んだりしてさ」

「休み時間大っ嫌い」

「給食は?」

「給食大っ嫌い」

 

食いしん坊のぽんこちゃんがそんなわけないだろうと思ったので「デザートはないの?」と聞いてみました。

「あるけどさー」

「昨日の給食のデザートは何だった?」

「昨日? 昨日はセレクトでー」

「セレクトって?」

「プリンタルトとクレープとゼリーから一つ選んでー」

「何選んだの?」

「プリンタルト!」

「おいしかった?」

「うん!」

「お休みの人の分も食べたんじゃないの?」

「食べてないよ~」

 

デザートの話をしているうちにどんどんうれしそうな顔になって、学校に着く頃にはニコニコしていました。

食いしん坊でよかった。ぽんこちゃんは毎朝このようにいったんはグズるものの本格的に学校を拒否したことは一度もなく、なんだかんだ言いながらもしっかり登校してくれています。

登校するぽんこちゃん

 

ぽんこちゃんの成長が教えてくれるもの

書き始めるとまとまらなくなりそうなので、箇条書きにして整理してみました。

「登校渋り」の子どもに限らず、日々の子どもとの付き合いを振り返ってみてくさ  い。

子育てが終わってしまった人は昔を思い出して今のあなたの周りとの人間関係に応用できるかもしれません。子どもも大人も同じ人間なので。

 

〇毎朝登校を渋っていても、ぽんこちゃんの「渋り方」や「怒り方」の変化に大きな成長が見られます。

 

〇その変化を起こしているのは、親子の相互的な関係性の深まりです。一見「変わらない」日々の積み重ねが小さな「変化」を起こします。

 

〇よく養育には「見守る」「待つ」という大人の態度が大切と言われますが、ぽんこちゃんのパパはそれを見事に実践しています。

一見パパがぽんこちゃんのご機嫌を伺っているように見えますが、実はぽんこちゃんもパパの様子を見ているのです。

大人が「いつも変わらない態度」で接するから、ぽんこちゃんはとても安心しているはずです。

 

〇「怒り」は30分は続かない。もっと短い時間で自然に収まります。でも長引かせるのは、収まりかけている途中で大人が「刺激」するからです。

 とりあえず「放っておく」「待つ」ことです。大切なのは収まった時に必ず傍にいてあげることです。即ち「変わらずに」いてくれることです。

 

〇また「怒り」は言葉の発達とともに形を変えていきます。自分の気持ちを言葉で伝えられるようになるからです。もちろん他の気持ち、例えば「喜び」の表現も変わっていくはずです。

 

〇大人が「子どもがわかっていること」をわざわざ教えようとしないことも大切です。

「この子はわかってないわけではない」と大人に「尊重されていること」を子どもはよくわかっています。

逆に、わかっていることを大人が論う(あげつらう)から、怒りが再燃するのです。   

 

〇子育ては子どもの様子をよく観察することから始まります。

すぐに何かを「教える」ことに固執せず、子どもと一緒に過ごして関わることで、子どもは大人を見ながら大体のことは覚えてしまうはずです。

 

 思いつくままに書いてみましたが、どうでしょう。

 ぽんこちゃんは、毎朝登校を渋っても頑張って学校に行っていますが、ぽんこちゃんが大人になった時に思い出すのは、きっと毎朝のパパとの関わりのような気がします。

「不登校」当事者から不登校を学ぶ(その12)~不登校  親もSOSを  「一人で抱え込まないで」精神科医・河合佐和さん(毎日新聞・教育のいま8/30)から

「仕事と見守り、両立は可能か 娘が不登校になった精神科医の訴え」という記事(毎日)を見つけました。夏休み明けに時期にタイムリーな記事なので紹介します。

 

不登校になった我が子の支援と同時に、仕事を続けることの困難に迫られて孤立していく親が多くいます。

周囲の無理解も重なって精神的にも追いつめられがちになります。

 

この記事では、たとえ精神科医という専門家であっても、当事者になった時の困難は大きかったことが語られています。

不登校に限らず、親が子どもの見守りが必要な状態になったときに、家庭を支えられる社会の仕組みが必要です。

不登校の長女を育てる児童精神科医の河合佐和さん=毎日新聞:本人提供

【以下記事】

 

「安心できる場所で過ごすことが大事」「無理して学校に行かなくてもいい」――。

子どもの自殺への懸念が高まるとされる夏休み明けを含め、こうした考えは近年浸透してきた。

ただ、子どもに寄り添うため働き方を制限せざるを得ない保護者も少なくない。

長女が不登校を継続中という精神科医、河合佐和さん(42)はこう訴える。

「親だって助けを求めていい。一人で抱え込まないで」

【聞き手・斎藤文太郎】

 ――お子さんが不登校だと聞きました。

 

◆長女は幼いころから、ところ構わず泣き叫ぶようなときがありました。「定型発達ではないかも」と思ったこともありましたが、幼稚園の先生が丁寧に寄り添ってくれ、集団にはなじめるようになりました。

 

小学校入学後は普通学級に通いましたが、1年生の6、7月ごろから「学校が怖い」と言い出し、登校を嫌がるようになりました。4、5月は気を張っていたのかもしれません。

 

中学2年になった今も学校には通っていません。学校の何が怖かったのか、正解はいまだに分からないです。

 

 ――当時はどのように対応したのでしょうか。

 

◆校門や教室まで連れて行くけど、私から全然離れられない。

諦めて勤務先に連れて行くこともありました。「今日学校に行ったらかき氷食べに行こう、でも、行けなかったら食べないからね」と、物で釣ったこともあります。

 

思い出すと涙が出てしまうんですが、娘に「学校に行ってくれないとママ働けないじゃん」「ママが働かないとお金なくなっちゃうんだよ」と言ったこともあります。必死でした。

 

 ――つらいですね。

 

◆私がシングルマザーということもあり、両親はいろいろな面で助けようとしてくれました。

ただ、学校に行けない原因を何度も尋ねられたり、私が持ち物を確認してあげたら行けるんじゃないか、といったことを言われたりもしました。

不登校離職を防ぐための介護休業活用を促すための記者会見で、長女とのエピソードを語る精神科医の河合佐和さん。涙ぐみ声を詰まらせる場面もあった=東京都中央区で2026年8月26日午後1時20分、斎藤文太郎撮影

 

学校でも、教室の前まで行って長女と離れられず困って泣いていると、先生から「あなたが泣いているからこの子も離れられないのよ」と言われたことがあります。

 

学校にたまに行けた日も、「きょうは全員そろったってすごいね」と。

「ああ、普段はうちの子は来られないからダメなのか」と感じていました。

 

親も先生も、責める意図はなかったと思いますが、「親としてダメなのでは」と追い詰められたように感じていました。

 

でも、一つ分かったことがあったんです。私も学校に行きたくないという思いを抱いたことはありましたが、長女は学校に連れて行こうとすると体を震わせておびえていた。

 

私の幼少期の感覚と、娘の感覚は確実に違うのだろう。そう思い、やっぱり無理やり連れて行くのはおかしいんじゃないか、と徐々に考えるようになりました。

 

 ――当時の仕事にはどんな影響がありましたか。

 

◆勤務医だったので、毎日のように「遅れます」「休みます」「連れて行ってもいいですか」という連絡を病院に入れながらやりくりしていました。

 

長女を連れて出勤することも、同僚の多くは理解してくれましたが、中には目障りだと言う人もいました。一人前に働けていないな、という申し訳なさや罪悪感も強かった。

 

それで、勤務先を辞めることにしました。長女を連れて行ける場所を作ろうと、名古屋市でクリニックを開業することにしました。

 

 ――収入は不安定になったのではないでしょうか。

 

◆幸運にも以前から関係を築いていた患者さんが通ってくれ、従業員への給料は支払える状態になりました。

 

ただ、当初は自分が休んでしまえばクリニックとしての売り上げはなくなるわけで、リスクは大きかったです。

例えば、勤務医であれば出張として学会に参加することが可能でしたが、開業医になるとその日は休業しないといけない。勉強する時間は勤務医の方が確保しやすかったかもしれません。

 

 ――子どもが不登校になった場合に介護休業を取得しやすくするツールを監修したそうですね。

不登校離職を防ぐために介護休業の取得手続きを補助するサービスの画面=東京都中央区で2026年8月26日午後3時4分、斎藤文太郎撮影

 

◆長女が学校に行くのを渋り始めた頃、介護休業制度を子どもの不登校でも使えるなんて知りませんでしたし、誰も「使えるよ」とは提案してくれなかった。知っていたら絶対に介護休業を取っていたと思います。

 

長女は市の教育支援センターに行ったこともありましたが、送迎が必要で、そうした場面でも介護休業が使えたかもしれません。

 

介護休業はなんとなく、親が高齢になって倒れたり認知症になったりしたときに使うものというイメージがあるじゃないですか。

そのイメージを変え、当たり前に子どものサポートができるようになれば、と思います。

 

 ――子どもに寄り添うために仕事を休むと、収入の減少によって生活が行き詰まってしまう、というケースもあるのではないでしょうか。

 

◆介護休業給付は休業前の賃金の3分の2程度なので、それでは生活できない、という人もいると思います。

ただ、生活保護を含め、さまざまな社会保障があるのは日本の良いところではないでしょうか。

 

子どもの心理的安全性が重要だという認識は浸透してきましたが、同じように、親の心理的安全性もすごく大事です。

さまざまな社会保障を頼りつつ、子どもと親の安心を守りながら将来の選択肢を探すことは可能だと思います。

 

学校に行きたくないという気持ちの背景は十人十色なので一概には言えないですが、唯一言えるのは「一人で抱え込まないで」ということ。

精神科医の河合佐和さん。「子どもと親、両方を支えられる社会に」と訴える=東京都中央区で2026年8月26日午後2時9分、斎藤文太郎撮影

 

子どものために仕事なんて辞めたらいい、と言われたこともあります。

でも、職場から切り離され、子どもも親も不安にさいなまれてしまうケースも医師として見てきました。

 

社会から孤立してしまうことは防ぎたい。介護休業制度はそのための一つの手立てになります。

親だからといって全ての答えを持っているわけではない。

お母さんもお父さんも助けを求めていい。一人で泣かないで、と伝えたいです。

 

かわい・さわ

 1984年、三重県生まれ。精神科専門医。病院勤務を経て現在は名古屋市の「塩釜口こころクリニック」院長。著書に「子どもが本当に思っていること」(日本実業出版社)など。「精神科医さわ」としてユーチューブなどで発信している。

【以上記事】