心身の不調や不適応行動の原因のひとつに逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences: ACE)」があります
表面的な症状や行動だけに捉われて支援の方向性を見誤り、支援者が「二次被害」の加害者になっています

逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences: ACE)」とは
子ども時代に経験する、大災害や事件、事故、虐待、ネグレクトなどの不適切養育、性被害、家庭環境の問題(DV、親の精神疾患、犯罪、薬物依存、貧困、両親の離婚など)といったストレスやトラウマとなる出来事を総称して、「逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences: ACE)」と言います。

ACE(逆境的小児期体験)が及ぼす影響
ACEは心身の健康や社会的な適応に長期的な悪影響を及ぼすことがわかっています。
アメリカの疾病予防管理センターの研究ACE Study(1998)では、ACEの蓄積が成人後の健康を損なうリスクの高い行動や疾病の罹患につながりやすく、寿命までも縮めていることが明らかにされています。
また、東日本大震災後の医療の縦断的研究(コホート研究)でも,震災後の復興過程での様々なストレスが被災地の子どもの発達や精神的健康にマイナスの影響を及ぼしていることが報告されています。
子ども時代のACEは学校での傷つき体験も含まれ、大人になってからの不適応や「ひきこもり」につながる確率が高いという研究もあります。
(※参考文献:岩手医学小児期逆境体験が心身の健康に及ぼす影響(八木淳子))

見過ごされてきたACE・増える二次被害
子ども時代のトラウマは、未発達な子どもの心の奥にその人に整理・処理されないまま冷凍保存され、子どもの主体的な心の発達を阻害しながら、何かのきっかけで溶け出して身体化したり社会適応を阻害したりする可能性を持っています。
特に長期に渡っての虐待・いじめなどの傷つきは「複雑性PTSD」の発症につながると言われています。一度の災害・事故などの体験は「日常とは違う異常な体験」だと自覚できますが、虐待やいじめのように、「異常な日常」の中で生活を続けると、異常なのが他者なのか自分なのかがわからなくなり、見える世界が歪んでしまうのです。
ACEのような慢性的なトラウマ体験は、子どもが成長過程で「主体的な自分」を理解しながら組織化し、自己コントロールしていく作業に重大な影響を与えます。

一回性のトラウマ後の主症状には、「再体験・侵入症状・フラッシュバック」・「回避・麻痺」「過覚醒」などがよく知られていますが、慢性的なトラウマを体験した「複雑性PTSD」では以下の症状が付け加わります。
「ICD-11」(WHOによる国際疾病分類2018)によれば、「複雑性PTSD」(複雑性心的外傷後ストレス症)の主症状には、
①感情の調節障害、②否定的な自己認知、③対人関係の問題
という「自己組織化の障害」と言われる症状が加わるとされています。
長い間、人格や行動の問題とされてきた「自己組織化の障害」が慢性複雑性トラウマの影響だとされたのです。
「国際トラウマ質問票(ITQ)」では、6項目の症状を挙げています。
- 動揺すると、落ち着くまでに長く時間がかかる。
- 気持ちが麻痺したり、感情がシャットダウンされたりしていると感じる。
- 自分が敗北した人間のように感じる。
- 自分には価値がないように感じる。
- 他人との間に距離を感じたり、切り離されていたりするように感じる。
- 他人と感情的に親しくし続けることは難しい。
(※参考文献:「赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア」(白川美也子・著))

日本のACE研究の第一人者の藤原武男さんが2012年に行った「日本人のACEに関するデータ」の報告の中で、18歳までに1つ以上の逆境的体験のある人は32%に上り、その後の心身の健康への影響があることを指摘しています。ACEは、DVや虐待という形で巷にあふれるように拡がって存在しているのです。
しかし、さらに先日ACEの被虐待者の64%に二次被害があることが民間団体の調査で明らかにされました。
以下は「福祉新聞」の記事を紹介します。

被虐待者64%が二次被害 支援現場の研修義務化提言〈民間団体調査〉11/5付
ACEサバイバー支援を求めて集会が開かれた
こども期に虐待やネグレクト、家庭問題によりストレスやトラウマの体験がある「ACEサバイバー」に対する支援制度の実現を目指す集会が10月27日、参議院議員会館で開かれた。
主催した一般社団法人Onara(丘咲つぐみ代表理事)はACEサバイバーの64%が成人後に支援を求めた時に再び傷ついている(二次被害)との調査結果を踏まえ、各支援分野におけるトラウマインフォームドケア研修の義務化を提言した。
ACEはAdverse Childhood Experiences(小児期逆境体験)の略語で、米国を中心に研究や対策が進んでおり、親の虐待やネグレクト、家族の精神疾患や自殺、薬物乱用といったACEが多いほど、健康面や社会経済的問題のリスクが高いことが明らかになっている。
日本でも京都大が2021年に2万人の回答を集計した調査で、38%がACEサバイバーであり、社会的に孤立し、自殺念慮(死にたい気持ち)が高いことなども分かった。
説明した三谷はるよ大阪大大学院准教授は、日本に推計で440万人のACEサバイバーがいるとし、「家庭環境によっていろいろなことが左右されている。自己責任や努力不足で片付けられない問題だ」と支援の必要性を強調した。
同法人の調査は8~9月に行われ、ACEサバイバー851人が回答。二次被害を受けた場は医療や福祉、行政機関などの割合が多かった。
相談内容の軽視や否定、責任転嫁などがあり、69%が生活や回復に深刻な影響を受け、46%が原体験と同等以上の苦痛を感じていた。自身も親から虐待を受けた丘咲代表理事は「トラウマへの理解不足が原因で起きている。研修の導入は支援する側、される側の安全を守る鍵になる」としている。
同日はACEサバイバー6人らも発言。50代男性は「生きているのは運のおかげという話はACEサバイバー同士で当たり前に聞かれるが、運頼みではなく、制度の力で救われてほしい」と話した。
(右から丘咲代表理事、三谷准教授)
【以上、記事】

被虐待者の二次被害がなぜ多いのか
「ACE被虐待者の二次被害」は、深い傷を負ってもこれまでなんとか生き延びてきた人の心の傷を、さらに抉って傷つけてしまう深刻なものです。
ACEによる心身の不調や不適応を抱える人たちが、せっかく支援機関につながっても、なぜそこで二次被害を受けてしまうのでしょうか。
この記事で「二次被害を受けた場は医療や福祉、行政機関などの割合が多かった。相談内容の軽視や否定、責任転嫁などがあり、69%が生活や回復に深刻な影響を受け、46%が原体験と同等以上の苦痛を感じていた」とあるように、不調や不適応行動の裏に子ども時代の「トラウマ」があることが見落とされている実態があります。
彼らはその成長過程で、本来養育者との安心できる愛着関係の中で獲得していく「基本形信頼感」(人間関係への信頼感)の内面化や、自分の気持ちと行動の一体感と理解と疎通、感情をコントロールする力などを身につける「自己組織化」の機会を十分に持つことができずに大人になっていきます。それゆえ「自己組織化」が未熟な彼らは自分の状態を十分に語れません。自分の状態がわからないのです。

支援者が今見えている表面的な不調の症状や不適応行動だけを見て、ACEを見落としてしまうのは、被虐待者にとって子ども時代の「トラウマ」の言語化が難しいことを知らないからです。
でもそれが「慢性的なトラウマ」の被害の特徴です。支援者がそのことを知らずに「二次被害」の加害者になってしまうのです。
被虐待者でもある丘咲代表理事は、「二次被害」は「トラウマへの理解不足が原因で起きている」と断言しています。それゆえに「研修の導入は支援する側、される側の安全を守る鍵になる」と言っています。
これ以上の二次被害の被害者を作らないために、また支援者自身が加害者にならないためにも、各支援分野における「トラウマインフォームドケア研修」の義務化が強く求められています。この取り組みが、社会から虐待やDVなどでのACEを持つ子どもを減らしていく一歩にもなるのです。



































































