「うつ病」は良く知られている精神疾患ですが、まだまだ誤解や偏見が多くあります。
日本人の約1割が生涯で経験すると言われ、全世代で発症しますが、20代・30代が多めで女性の罹患率は男性の2倍です。主な原因はストレスと言われています。
今回は、うつ病を経験した精神科医による記事で、「うつ病」をとてもわかりやすく解説しています。

【以下記事】
「精神科医・益田裕介さんも乗り越えた生きづらさ 驚くほど身近なうつ病」毎日メディカル(4月9日付)
「うつ病」と聞くと、どこか遠い世界の話のように感じる方もいるかもしれません。
しかし、実際は驚くほど身近な病気です。日本では生涯で約10人に1人がうつ病を経験するとされており、誰がいつ発症してもおかしくありません。にもかかわらず、あまり身近に感じられないのはなぜでしょうか。
日本人の場合、うつ病が最初に見つかる際、「心の不調」としてではなく、原因不明の「体の不調」として、であることが多いからでしょう。
頭痛が続く▽腰が痛い▽胃の調子が悪い▽眠れない▽食欲がない――。
そうした身体症状をきっかけに内科を受診し、検査をしても異常が見つからない。
本当は軽度のうつ病なのに「自律神経失調症」と診断され、「軽度だから」と薬なども必要とせず、時間経過と共に改善する——。そんなケースは日常的にあります。
しかし、病状が良くならなかったり、悪化してやる気がなくなったり、喜びや楽しみを感じにくくなったりしたら精神科を受診し、うつ病の治療を検討すべきです。

うつ病の本質
うつ本質を一言で表すなら――。それは「病的な疲れ」です。
誰でも疲れることはあります。忙しい日が続けばぐったりするし、嫌なことがあれば気分は落ち込みます。
しかし、通常の疲れであれば、休めば回復するし、楽しいことがあれば気持ちも持ち直します。
うつ病の疲れはそうではありません。
休んでも、休んでも、回復しない。好きなことにも興味が湧かない。朝起きた瞬間から鉛のような重さが全身を覆い、何をするにもエネルギーが足りない。
それは「怠けている」のでも「気合いが足りない」のでもなく、脳と体がまさに「病気の状態=病的な疲労状態=うつ状態」だからです。
この「病的な疲れ」という理解は非常に重要で、本人にとっても周囲にとっても、うつ病を正しく捉えるための出発点になります。

うつ病の時、頭で何が起きているの?
では、うつ病のとき脳の中では何が起きているのでしょう。
近年の研究では、うつ病が単なる「気の持ちよう」ではなく、脳に生物学的な変化が起きている状態であることが明らかになってきました。
注目されているのが炎症反応との関連です。
ストレスが慢性的に続くと、脳内でも炎症性の物質「サイトカイン」が増加し、それが脳内の神経細胞などにも影響を及ぼします。
この炎症反応によって、脳の神経細胞同士をつなぐ「シナプス」の数が減少したり、神経伝達物質「セロトニン」が減ったりして、日々新陳代謝される神経細胞が新たに育ちにくくなります。
その結果、脳内の神経細胞のネットワークが「貧しく」なります。このような状態が「うつ病の脳」なのです。
健康な脳は、ネットワークが豊かなので状況に応じて柔軟に考え方を切り替えたり、新しい視点を取り入れたりできます。
しかしうつ病の脳は、そのネットワークが減っているために思考が硬直し、ネガティブなパターンから抜け出せなくなります。
「自分はダメだ」「未来に希望がない」という考えにとらわれてしまうのは、本人の性格の問題ではなく、脳の状態がそうさせているのです。

うつ病は「こころの骨折」
うつ病の治療で最も大切なことの一つは、「回復には時間がかかる」という事実を受け入れることです。
風邪なら数日で治りますし、骨折ならば数カ月で回復に向かいます。しかしうつ病の回復は、数カ月から時に年単位の時間を要します。
それゆえ、うつ病は「こころの風邪」というよりも「こころの骨折」と呼んだ方が適切かもしれません。

減ってしまった脳のネットワークが再び作られ、柔軟性を取り戻すには、それだけの時間が必要です。
焦りは回復の大敵です。「もう何カ月もたつのに良くならない……」と自分を責めたり、「いつまで休んでいるんだ!」と周囲がプレッシャーをかけたりすることは、症状を悪化させかねません。
休息中にもかかわらず、脳にストレスを与えることは、回復が遅れたり、むしろ傷を深めたりすることになります。
筋肉痛同様、脳を休ませるには、脳はできるだけ使わず、安静に保つのが良いです。
怪我をした際、急に体を動かすのではなく、リハビリを程々の運動から始めるように、うつ病の脳にもゆっくりと刺激をあたえてやるイメージが大切です。

抗うつ薬は「植物栽培の肥料」
うつ病の治療において、薬物療法は重要な柱の一つです。「抗うつ薬」は、脳内の神経伝達物質のバランスを整え、弱った神経回路の回復を助ける働きがあります。
薬に対して抵抗感を持つ方が多いです。
「薬に頼りたくない」「依存してしまうのではないか」
そんな心配の声をよく聞きます。しかし、うつ病の薬は糖尿病のインスリンや高血圧の降圧薬と同じように、体の異常を補正するためのものです。
必要な時に適切に使うことは、決して「弱さ」ではありません。
抗うつ薬は植物栽培の肥料の役割に似ています。すぐに効果が出るわけではないものの、神経細胞が育つのを助けます。ですから、飲んでいる人の方が飲んでいない人よりも、回復が早いのです。
もちろん、薬だけで全てが解決するわけではありません。
しかし薬によるサポートを得ながら、次に述べるカウンセリングや周囲のサポートを受ける方が回復も早くなります。

カウンセリングを受けるべき理由
うつ病の治療においてカウンセリングを受けることも重要です。
カウンセリングで最もエビデンスが蓄積されているのが「認知行動療法(CBT)」という技法です。
まずは自分の感情に気づき、行動を変化させる。何気なくやっている言動を客観的に記録し、改善していく。それらの行為が認知行動療法の本質です。
認知行動療法では、うつ病で硬直した思考パターンに気づき、それを少しずつ柔軟なものに変えていく練習もします。
例えば「一つ失敗したから自分は全部ダメだ」という考え方に対して、「本当にそうだろうか」「別の見方はできないか」と検証していきます。
これは脳のネットワークを言語的に再構築する作業ともいえ、生物学的な回復を心理的なアプローチから後押しするものだと僕は理解しています。
よく誤解されるのですが、認知行動療法は「ポジティブ思考になれ」という話ではありません。
無理に前向きになるのではなく、現実を多角的に、より正確に捉え直す力を育てていく。
感情に支配されず、冷静に物事を対処できるようになることこそ、大事なのです。

100%を求めない
うつ病の回復で、家族や友人、職場の理解は大きな力になります。
しかし同時に「100%は理解されない」ことの苦しみもまた、うつ病の患者さんが抱える大きな悩みです。
診察の場面で僕が患者さんらによく話すのは「周囲に100%の理解を求めるのは、あきらめたほうがいい」というなんとも「残酷な」助言です。
うつ病のつらさは、経験した人にしか本当にはわからない。
どれだけ優しい家族であっても、医師や支援者、おなじうつ病当事者であっても、完全にわかってもらうことは難しい。そしてそれは、相手が冷たいからではなく、人間の共感には限界があるからです。
「10~30%わかってもらえたら上出来」。そのくらいの気持ちでいたほうが、お互いに楽になれます。
最悪を受け入れた後の方が、余計に傷つくこともありません。このような仏教的な態度を僕はよく説明し、患者さんらにも受け入れてもらっています。

「ピアサポート」の力
同じ経験をした仲間とのつながりを指す「ピアサポート」は、うつ病の回復において見過ごされがちですが、非常に大切な要素です。
患者会や自助グループでは、「わかってもらえた」という体験が生まれやすいからです。
周囲に求めても得られなかった「かゆいところに手が届く」ような共感が、同じ苦しみを知る仲間からは自然と得られることがあります。
「自分だけじゃなかったんだ」という安心感が孤立感を和らげ、回復への大きな支えとなります。

うつ病治療のゴールとは?
最後に、うつ病の治療のゴールについて触れます。
治療のゴールは、「不安がゼロになること」ではないと僕は思っています。
人生にはつらいこともあるし、思い通りにならないことだらけです。
一つの問題が解決しても、また新たな問題に遭遇する。
その連続であり、問題が解決する前に寿命がきて死ぬ、これが人生です。
それゆえ、うつ病を経験した人が再び社会に戻ったとき、全てが順調にいくとは限りません。
だからこそ、治療のゴールとして僕が大切にしているのは、「仕方がないな/生まれてきてよかった」と思えることです。
完璧な人生ではなくても、不完全な日常の中に喜びと感謝を見つけられる。
つらいことがあっても「まあ、仕方ないか」と受け流せる柔軟さを取り戻す。
淡々と日々の問題を解決しつつ生きる中、時折、ふとした瞬間に「生きていてよかった」と思える。
それこそが、脳の配線が回復し、柔軟性を取り戻した証しだと僕は考えています。

うつ病は確かにつらい病気です。しかし、適切な治療と時間、そして周囲や仲間の支えがあれば、回復できる病気でもあります。
焦らず、あきらめず、毎日を過ごしていけば「仕方がない/生まれてきてよかった」とわかる日がやってくるはずです。
【以上記事】
益田裕介(ますだ・ゆうすけ) 1984年生まれ。防衛医大卒。自衛隊勤務を経て2018年に早稲田メンタルクリニックを開業。開設するユーチューブチャンネル「精神科医がこころの病気を解説するCh」は登録者数70万人を超えている
https://www.youtube.com/@masudatherapy/videos

※現在、不調を抱えて苦しんでいる方は、これを機会に是非、今のご自分の状態に向き合って治療・療養への第一歩を踏み出してみてください。
