リフレーミング(reframing)してみよう

~「リフレーミング」は心理学の家族療法の技法で、これまでと異なる角度からのアプローチ、視点の変化、別の焦点化、解釈の変更という「フレーム」の架け替えによって、同じ「絵(状況)」でも違った見え方になり、自分や相手の生き方の健康度を上げていくことを言います。この能力は誰しも潜在的にもっていると考えられています。 これから私が書いていくことは、ジャンルを超えて多岐に渡ることになりますが、自分の潜在能力を使って、いま私たちの目の前にあること、起こっていることの真実に少しずつ近づいていけたらと思っています。

ACE(逆境的小児期体験:Adverse Childhood Experiences)の二次被害を防ぐには

心身の不調や不適応行動の原因のひとつに逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences: ACE)」があります

表面的な症状や行動だけに捉われて支援の方向性を見誤り、支援者が「二次被害」の加害者になっています

逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences: ACE)」とは

 子ども時代に経験する、大災害や事件、事故、虐待、ネグレクトなどの不適切養育、性被害、家庭環境の問題(DV、親の精神疾患、犯罪、薬物依存、貧困、両親の離婚など)といったストレスやトラウマとなる出来事を総称して、「逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences: ACE)」と言います。

ACE逆境的小児期体験)が及ぼす影響

 ACEは心身の健康や社会的な適応に長期的な悪影響を及ぼすことがわかっています。

 

 アメリカの疾病予防管理センターの研究ACE Study(1998)では、ACEの蓄積が成人後の健康を損なうリスクの高い行動や疾病の罹患につながりやすく、寿命までも縮めていることが明らかにされています。

 また、東日本大震災後の医療の縦断的研究(コホート研究)でも,震災後の復興過程での様々なストレスが被災地の子どもの発達や精神的健康にマイナスの影響を及ぼしていることが報告されています。

 

 子ども時代のACEは学校での傷つき体験も含まれ、大人になってからの不適応や「ひきこもり」につながる確率が高いという研究もあります。

(※参考文献:岩手医学小児期逆境体験が心身の健康に及ぼす影響(八木淳子)) 

見過ごされてきたACE・増える二次被害

 子ども時代のトラウマは、未発達な子どもの心の奥にその人に整理・処理されないまま冷凍保存され、子どもの主体的な心の発達を阻害しながら、何かのきっかけで溶け出して身体化したり社会適応を阻害したりする可能性を持っています。

 

 特に長期に渡っての虐待・いじめなどの傷つきは複雑性PTSDの発症につながると言われています。一度の災害・事故などの体験は「日常とは違う異常な体験」だと自覚できますが、虐待やいじめのように、「異常な日常」の中で生活を続けると、異常なのが他者なのか自分なのかがわからなくなり、見える世界が歪んでしまうのです。

 ACEのような慢性的なトラウマ体験は、子どもが成長過程で「主体的な自分」を理解しながら組織化し、自己コントロールしていく作業に重大な影響を与えます。

 一回性のトラウマ後の主症状には、「再体験・侵入症状・フラッシュバック」・「回避・麻痺」「過覚醒」などがよく知られていますが、慢性的なトラウマを体験した「複雑性PTSD」では以下の症状が付け加わります。

 「ICD-11」(WHOによる国際疾病分類2018)によれば、「複雑性PTSD」(複雑性心的外傷後ストレス症)の主症状には、

①感情の調節障害、②否定的な自己認知、③対人関係の問題

という「自己組織化の障害」と言われる症状が加わるとされています。

 長い間、人格や行動の問題とされてきた「自己組織化の障害」が慢性複雑性トラウマの影響だとされたのです。

 

「国際トラウマ質問票(ITQ)」では、6項目の症状を挙げています。

  • 動揺すると、落ち着くまでに長く時間がかかる。
  • 気持ちが麻痺したり、感情がシャットダウンされたりしていると感じる。
  • 自分が敗北した人間のように感じる。
  • 自分には価値がないように感じる。
  • 他人との間に距離を感じたり、切り離されていたりするように感じる。
  • 他人と感情的に親しくし続けることは難しい。

(※参考文献:「赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア」(白川美也子・著)

 日本のACE研究の第一人者の藤原武男さんが2012年に行った「日本人のACEに関するデータ」の報告の中で、18歳までに1つ以上の逆境的体験のある人は32%に上り、その後の心身の健康への影響があることを指摘しています。ACEは、DVや虐待という形で巷にあふれるように拡がって存在しているのです。

 しかし、さらに先日ACEの被虐待者の64%に二次被害があることが民間団体の調査で明らかにされました。

 以下は「福祉新聞」の記事を紹介します。

被虐待者64%が二次被害 支援現場の研修義務化提言〈民間団体調査〉11/5付

 

ACEサバイバー支援を求めて集会が開かれた

こども期に虐待やネグレクト、家庭問題によりストレスやトラウマの体験がある「ACEサバイバー」に対する支援制度の実現を目指す集会が10月27日、参議院議員会館で開かれた。

 

主催した一般社団法人Onara(丘咲つぐみ代表理事)はACEサバイバーの64%が成人後に支援を求めた時に再び傷ついている(二次被害)との調査結果を踏まえ、各支援分野におけるトラウマインフォームドケア研修の義務化を提言した。

ACEはAdverse Childhood Experiences(小児期逆境体験)の略語で、米国を中心に研究や対策が進んでおり、親の虐待やネグレクト、家族の精神疾患や自殺、薬物乱用といったACEが多いほど、健康面や社会経済的問題のリスクが高いことが明らかになっている。

 

日本でも京都大が2021年に2万人の回答を集計した調査で、38%がACEサバイバーであり、社会的に孤立し、自殺念慮(死にたい気持ち)が高いことなども分かった。

説明した三谷はるよ大阪大大学院准教授は、日本に推計で440万人のACEサバイバーがいるとし、「家庭環境によっていろいろなことが左右されている。自己責任や努力不足で片付けられない問題だ」と支援の必要性を強調した。

 

同法人の調査は8~9月に行われ、ACEサバイバー851人が回答。二次被害を受けた場は医療や福祉、行政機関などの割合が多かった。

相談内容の軽視や否定、責任転嫁などがあり、69%が生活や回復に深刻な影響を受け、46%が原体験と同等以上の苦痛を感じていた。自身も親から虐待を受けた丘咲代表理事は「トラウマへの理解不足が原因で起きている。研修の導入は支援する側、される側の安全を守る鍵になる」としている。

 

同日はACEサバイバー6人らも発言。50代男性は「生きているのは運のおかげという話はACEサバイバー同士で当たり前に聞かれるが、運頼みではなく、制度の力で救われてほしい」と話した。

(右から丘咲代表理事、三谷准教授)

【以上、記事】

被虐待者の二次被害がなぜ多いのか

 「ACE被虐待者の二次被害」は、深い傷を負ってもこれまでなんとか生き延びてきた人の心の傷を、さらに抉って傷つけてしまう深刻なものです。

 ACEによる心身の不調や不適応を抱える人たちが、せっかく支援機関につながっても、なぜそこで二次被害を受けてしまうのでしょうか。

 

 この記事で「二次被害を受けた場は医療や福祉、行政機関などの割合が多かった。相談内容の軽視や否定、責任転嫁などがあり、69%が生活や回復に深刻な影響を受け、46%が原体験と同等以上の苦痛を感じていた」とあるように、不調や不適応行動の裏に子ども時代の「トラウマ」があることが見落とされている実態があります。

 

 彼らはその成長過程で、本来養育者との安心できる愛着関係の中で獲得していく「基本形信頼感」(人間関係への信頼感)の内面化や、自分の気持ちと行動の一体感と理解と疎通、感情をコントロールする力などを身につける「自己組織化」の機会を十分に持つことができずに大人になっていきます。それゆえ「自己組織化」が未熟な彼らは自分の状態を十分に語れません。自分の状態がわからないのです。

 支援者が今見えている表面的な不調の症状や不適応行動だけを見て、ACEを見落としてしまうのは、被虐待者にとって子ども時代の「トラウマ」の言語化が難しいことを知らないからです。

 でもそれが「慢性的なトラウマ」の被害の特徴です。支援者がそのことを知らずに「二次被害」の加害者になってしまうのです。

 被虐待者でもある丘咲代表理事は、「二次被害」は「トラウマへの理解不足が原因で起きている」と断言しています。それゆえに「研修の導入は支援する側、される側の安全を守る鍵になる」と言っています。

 

 これ以上の二次被害の被害者を作らないために、また支援者自身が加害者にならないためにも、各支援分野における「トラウマインフォームドケア研修」の義務化が強く求められています。この取り組みが、社会から虐待やDVなどでのACEを持つ子どもを減らしていく一歩にもなるのです。

「不登校」と向き合う~「学校に行けなくてもいい」 ベテラン相談員が語る開き直りの大切さ(池添素さん)

 2024年度の「不登校」35万3970人、で過去最高値を更新しました。

小学校の不登校は1000人当たり23.0人、中学校は67.9人で、

全国平均では小学校では各クラスに1人、中学校では2人にあたります。

進む少子化・在籍数は減少しても不登校は増える学校

 不登校の増加の一方で、少子化が進み小中学校の児童生徒数は10万8000人減。

 小学生は43年連続減で1948年以降初の600万を切りました。学校数も公立小中学校は223校が姿を消しています。

 子どもの数は減っても、不登校は増えているのが現実です。

 全国の小中学校2万9239校のうち不登校の児童生徒が在籍する学校は2万5612校、全体の87.6%にのぼります。

 

 文科省は、不登校対策として、これまでスクールカウンセラー(SC)やスクールソーシャルワーカー(SSW)の配置や、校内の支援コーディネーターを中心とした支援体制、校内教育支援センター(別室)などを進め、不登校児童生徒へのケアや保護者への相談体制を作ってきました。

 地域や学校で取り組みの差が大きいことは事実ですが、不登校への再登校を促すだけの無理解な指導や、アプローチをせずに放置することを減らしてきた側面は評価できます。しかしそのことによって教員は益々多忙化し学校が疲弊しているのも事実です。これが、一部の学校で未だにみられる杜撰な対応の原因にもなっていないとは言い切れません。

 

 子どもの在籍数は減少しても、「不登校児童生徒数」が増え続けていることは、セイフティネットは拡がっても、学校が不登校を生み続けている事実を示しています。

 

「学校適応」が難しい時代に

 なんとか学校に適応して登校を続けている子どもたちの中にも、登校することが苦しいと感じている子どもが多数いると考えていいでしょう。

 その現在の子どもたちの学校適応の苦しさとは何なのか、どの子どもでも不登校になり得るのはなぜなのか。

 時代や社会に合わなくなった「学校」の現実に向き合わなくては、不登校を減らすことはできません。

 

 今回紹介する記事は、不登校の子どもをもつ親に向けたトークショーでの池添素さんの話を紹介したものです。

 話を積極的に聞きたいという親たちに向けたものですが、多くの不登校のケースに共通した内容になっています。聞いていくうちに、不登校の子どもをもつ親に向けた特別なメッセージではないことに気づきます。

 フツーに「学校」に通っている子どもたちの親にも、不登校を他人事にしないで聞いてほしい内容です。

【以下記事】

「学校に行けなくてもいい」 ベテラン相談員が語る開き直りの大切さ(池添素さん毎日新聞11/9オンライン・11/15朝刊から)

 

文部科学省が10月公表した調査で、2024年度に不登校とされた小中学生は過去最多の35万人超となった。

不登校などに悩む親子約4000組の相談に応じてきた池添素(もと)さん(75)は、東京都内で開かれたトークショーで、不登校の子を持つ親たちに語りかけた。

 

「親の開き直り方、どれだけ腹を据えるかで未来は変わってきます」

ひとり闘う35万人の子どもたち

池添さんは京都市内のNPO法人「福祉広場」理事長を務める。京都市職員を経て1994年に前身となる相談室を開設した。

50年にわたり親子に寄り添い、寄せられる相談は国内にとどまらない。

 

トークショーはジャーナリストの島沢優子さんが池添さんを取材した著書「不登校から人生を拓く」(講談社)の出版に合わせ、紀伊国屋書店新宿本店であった。

 

会場では渦中の親たちが時には涙ぐみながら、池添さんの言葉に耳を傾けていた。

「ひとりで闘っている子どもの数なんだな、とハッとしました」

 

登壇した池添さんは不登校とされる35万人の子どもたちに言及しつつ、圧倒的多数である登校している子どもたちのなかにいる、なんとか登校できている子どものことも気になったという。

「行き渋っている子、無理やり折り合いをつけて行く子もたくさんいる。学校は行ければ良いという場所ではありません。安心安全で楽しく学べる場として保証されているのでしょうか」

そう問いかけた。

「ゲームは敵じゃない」

会場からさまざまな質問が寄せられたが、なかでもゲームやインターネットに没頭し、昼夜逆転の生活に陥っている子どもへの不安が目立った。

子どもにとってはゲームは手応えと達成感が得られるだけでなく、オンラインゲームなどでは褒めてもくれる人もいる。

 

それは「大人たちが与えられていないもの」と話し、ゲームを味方につけて、子どもが発するSOSをキャッチすることが大事だと説いた。

昼夜逆転への心配については「夜元気ならOK。まずは子どもの心と体が元気になることが最初の一歩。目の前の子どもをつい変えさせたくなるけれど、ぐっと待ちましょう」と励ました。

池添素さんを取材したジャーナリスト、島沢優子さんの著書「不登校から人生を拓く」(講談社

必要なのはこの一言

不登校は親の甘やかしが原因――。

池添さんはいまだに根強い論調を真っ向から否定する。

 

むしろ、子どもたちが「しつけ」という言葉のもと、幼い頃から大人の都合通りに生きてきたからだと捉えている。

「『学校に行きたくない』という発言は『頑張って生きてきたけどもう無理』(と同意)だと思うんです」

本当は「よくぞ自分で言えた」とほめてあげられるとベストだが、「うん、わかった」の一言でいいという。

 

「自分の気持ちを出した時にわかってもらえた、自分で決めたことが尊重されたという経験で、育つ力がついていくのです」

池添さんは、学校は優れた社会資源だと認める一方で、自分が壊れるほど無理してまで行くところでもないと考えている。

「学校に行けなくても、親の開き直り方、どれだけ腹を据えるかによって未来の展開は変わってきます」と呼びかけた。

 

学校に行くことが目標ではない

池添さんは最近、懸念していることがあるのだという。

それは「不登校ビジネス」の存在だ。

コーチングやカウンセリングで「必ず学校へ行ける」などとうたう事業者にすがり、高額を支払って振り回される親の姿を少なからず見てきた。

 

少子化が進む中でも増え続ける不登校は、社会の大きな課題になっている。

「学校に行けることが目標になってはいけません。不登校は親や学校にとって回り道かもしれないけれど、実はその子どもの成長にとっては一番の近道なんです」と指摘した。【太田敦子】

  池添さん

【以上記事】

 

子育ての原点に返る

 子育てには、「その子その子の子育て」があると言います。この記事で池添さんが言う、不登校の子どもをもつ親が「開き直る」「腹を据える」ことは、すべての親にとっての子育ての「原点」のように思えます。

 

 親が「こうあらねば」「こう育てなければ」に縛られると、その子の良さを見失いがちになります。親が見失えば、子どもも自分の良さがわからなくなります。

 子どもの良いところも悪いところもひっくるめて「その子」を理解して愛されてこそ子どもは健康的に安定して育ちます。

 でもそうでなかった子どもは自信をもって自己決定をして生きていくことができなくなります。そして親からの安心を得るためだけに、「親が勝手に思っている理想的な子ども」の筋書きを生きようとして無理を重ねて疲弊していきます。

 

 それゆえに、親は思い通りには育たないと「開き直って」、この子を信じてみようと「腹を据え」なくてはならないのです。これは子育ての「原点」です。

 ここからしか本当の「子どもの成長」は見えてきません。失敗してもその度毎に悩んで自己理解を深め、また自己決定して生きていく力をつけることが健康的な人生につながります。

 

 池添さんが言うように、「学校に行くこと」は子育ての目標にはなり得ません。「学校に行くか、行かないか」が成長を測る軸ではなく、それを自分の意志で決定できるように育つことが目標なのです。

 









 

「不登校」当事者から不登校を学ぶ(その2)

不登校353970人(2024年度)と過去最高値でした。

不登校になることで傷つき苦しんできた子どもたちの「声」からは、現在の学校教育の歪みが見えてきます。

今こそ学校での「学び」を主体的な「学び」に変換し、自分が社会から大事に扱われていることを子ども自身が感じられる学校教育が必要です。

 

今回は、「不登校」当事者から不登校を学ぶ(その1)に続いて、「不登校とわたし」不登校ジャーナリストの石井しこうさんのインタビュー記事(11月4日付:毎日新聞)を紹介します。

不登校35万3,970人(前年度346,482人)で過去最高値更新中

 今年10月29日に文科省が発表した「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」によると、不登校児童生徒数は高止まりし、じりじりと過去最高値を更新し続けています。

 文科省は昨年度比では新規での不登校は低下しているとしていますが、校内支援センターの設置や学校でのSC・SSW等の相談体制の充実、適応指導教室フリースクールでの教育機会の拡大を進めているにも関わらず、不登校全体数には減少はみられません。

          「毎日新聞」から

 また、文科省は、「不登校児童生徒数が増加した背景として、児童生徒の休養の必要性を明示した「教育機会確保等法」(略称)の趣旨の浸透や、コロナ禍以降の保護者や児童生徒の登校に対する意識の変化があるとし、(学校側には)特別な配慮を必要とする児童生徒に対する早期からの適切な指導・必要な支援や、生活リズムの不調等を抱える児童生徒に対する指導・支援に係る課題があったこと等が考えられる」としています。

 ここには、現在の学校教育のあり方そのものを問い直す姿勢はありません。

 メディア報道でも、親が無理に学校に行かせなくなったことや学校が不登校の多さに対応にしきれていないことなどが主な原因として述べられており、不登校が現在の学校教育のあり方そのものに起因するのではないかという立場で書かれた記事は殆ど見受けられません。

 このことは、「現在の学校教育への適応ありき」の考え方が社会の底流に根強くあることを示しています。何をおいても「学校教育」を「是」としてきたことが、不登校の子どもを苦しめている事実を正しく伝えていないのです。

 セイフティネットの重要性は多く語られますが、それが不要になるような「不登校を生まない学校教育」とはどのようなものかという研究が紹介されることは極めて稀少なのです。

 

 以下の記事では、前回(その1)に引き続き、現在の日本の学校教育の「学び」のあり方そのものを問い続けています。また、不登校になることで自己評価を下げ、苦しまなくてはならない社会構造への疑問にも触れています。

 当事者の声は、この国の不登校の本質を知る上で稀少な情報と言えます。

【以下記事】

答えはいろいろあってよい

不登校とわたし(不登校ジャーナリスト・石井しこうさん/中) 

 

 フリースクールには中2の冬から6年間在籍しました。何に取り組むかは自分たちで話し合って決めるのですが、スタッフは危険な場合を除き、どんな企画も「面白そうだね」「どうしたら実現できるかな」と背中を押してくれました。

 探究的な活動に取り組み、「学びのあり方としてあってよいはずだ。自分には合っている」という実感がありました。ただ、社会と乖離していくのでは、という不安感も出てきました。

      石井しこうさん

 印象的だった子がいます。

 彼は毎日のように「明日から学校に行くんだ」と言いながら、学校に行けなかった。自分や周囲を否定するまま人生が食われていくのでは、と考え、「前向きにならないと全てを奪われる」と思うようになりました。

 在籍中、フリースクールと関わりのあるNPO法人不登校に特化した新聞製作に携わることになりました。取材なら会いたい人に会えると思ったんです。「タモリ倶楽部」というテレビ番組の出演者に会いたかった。

ただ、振り返って考えると、不登校になり、どう生きるか不安だったということも関係する気がします。どうすればこの人たちのようになれるだろう、ということを聞きたかった。あえて言えば、そういう思いもあったかも。

 

 あちこちに出向き、人生にどう向き合ってきたか聞きました。取材相手の話から「答えはいろいろあってよい」と思えるようになりました。中学受験をきっかけに縛られた偏差値至上主義から、時間は要しましたがようやく卒業できたと思います。

 

 思い出深いのはコピーライターの糸井重里さんへの取材です。不登校の当事者だけで行きましたが、非常に珍しがられ、面白がってもらえた。最後に「楽しかったよ」と言われ、自分の価値が認められ、存在が受け入れられたという感覚を抱きました

 NPOが解散し新聞の発行は止まりましたが、取材は続けています。

 いつも思い出すのは、フリースクールで「明日から学校に行くんだ」と言っていた彼。もう少し学校で傷ついていたら、あるいは、もう少し親のプレッシャーが強かったら、自分もそうなっていたかもしれない。彼の存在の中に、自分を見るんです

 こんな経験もありました。記者になってすぐ、取材した女子高生に「学校に行けなくなった理由は何ですか?」と聞くと、彼女は「私は・・・」と言ったきり、ずっと泣いていた。そして「悔しい」と。これだけつらいんだ、と改めて感じました。そういう子には今でもたびたび会うんです。

 正直、学校に行くかどうかは大した話じゃない。でも、孤独を感じ傷つく人がいる。そういう人と現場で出会うたび、発信を続けなければという思いを強めています。

「聞き手・斎藤文太郎」

【以上記事】

 

石井しこう 1982年、東京生まれ。中学2年から6年間フリースクールに通う。19歳で不登校専門紙の発行元NPO法人で記者となり、2006年から編集長。法人解散後も「不登校ジャーナリスト」として当事者らの取材を続ける。

「明日から学校に行くんだ」と言うフリースクールの彼、絶句して泣き続けた女子高生

 彼らが抱えた孤独と苦しみを自分事として想像できる石井さんは、彼らのことを伝えるために今も取材活動を続けています。

 いったい彼らに浴びせられた声はどのようなもので、それが彼らをどれだけ苦しませたのでしょうか。想像してみましょう。

 例えば実際に不登校当事者に投げつけられている言葉にはこのようなものがあります。

「甘えている」「立ち向かう強さがない」「勉強から逃げているだけ」「学校にすら行けないクズ」「負け組」「親が行かせようとしていない」「親が悪い」「まともな社会人になれない」「将来がない」「二-トかひきこもりになる」「体調が悪いなんて仮病だ」・・・などなど。

 また、不登校の子どもがいる「家庭への支援策」が今までなかったことも彼らを追い詰める要因にもなっています。実際に子どもの不登校による親の離職や生活苦、夫婦間の亀裂、家庭の孤立や崩壊は多くあり、子どもたちの罪悪感を一生続くものにしてしまうこともあります。

 文科省の報告でも不登校のうち、専門的な支援を受けている児童生徒は約6割にとどまり、担任等からの週1回程度の相談・指導を受けた児童生徒を含めると95.8%の児童生徒には何らかのアプローチがあったとされていますが、支援が行き届いている感はありません。ここからは、実数として約1万5000人程度の児童生徒が学校からのアプローチがない状態であることがわかります。

 誰からも心配もされず、放置されている子どもの実数はわかりませんが、どの学校にも担任等が熱心でなく、ほとんど働きかけをしないケースや、学校が親に勧めても拒否的で相談ベースに乗らないケースがあることは今でも珍しくはありません。学校から忘れられ、親からも理解されない子どもたちも少なからずいるということです。

 

 石井さんが出会ったフリースクールの彼や、取材対象になった女子高生はそれでもまだ人とつながる可能性がある恵まれた環境にいるのかもしれませんが、不登校になっただけで、一生苦しんだり孤立したりする要因が社会にはいくらでもあるのです。

今こそ学校教育を見直して変えるとき

 大きな集団に対して、ひとりの教員が国の検定を受けた教科書を使って一斉に、一定の時間で授業をする日本の画一的な学校教育モデルは、既に現在の世界の主流ではありません。

 多くの国が採用している個別教育が前提の欧米モデルでは、20~25人の少人数学級で子どもの主体的な学びを保障しています。

 学校には教員の他に、個別の教育に必要な支援担当者や常勤のカウンセラー、ソーシャルワーカーなどがいて、大人が多く配置された中で個々の子どもの教育を行っていきます。カリキュラムも学校や地域に根ざした独自性が認められています。

 日本でも欧米モデルに学び、個別的な教育が実践できる学校教育への転換をすることで、個々のペースを尊重した主体的な学びを授業に取り入れることが必要です。

 少人数クラス、授業への教育支援、個人の状況に応じた学校生活での支援を行うための適正な人員配置など、必要な人を入れて「個人」として子どもたちを見ていく学校に転換していくのです。

 見守る大人が増えることで、安心感を得られる子どもたちは多いはずです。ひいては不登校はもとより、子ども間のいじめやトラブルの予防や早期発見にもつながります。

 

 個々の主体性や学びのペースなどを抑えて、集団のペースに合わせること、馴染むことを求められる日本の学校教育では、不適応やいじめ、問題行動の増加は必然とも言えます。

 最近の子どもの自傷行為や自殺企図・自死の増加、若者の自殺の多さ(15~39歳年間3000人超:うち小中高生500人超)にも、子どもが孤立しやすい現在の教育制度が深く関係しているのは言うまでもありません。

 これだけの不登校やいじめが増えても、学校教育の本質的な変革に頬かむりして、教員の定員増や働き方にもメスを入れず、小手先の支援策でお茶を濁す行政の姿は罪悪とも言えるでしょう。

 

 不登校当事者の声を自分事として考え続ける石井さんは、不登校の子どもの苦しみから私たちが「何を学ぶのか」を問いかけ続けているのです。

 



若者の自殺(15~29歳)5年連続3000人超(25年白書)~市販薬の過剰摂取(ODオーバードーズ)が激増

40歳未満の自殺未遂者の6割超がODで搬送されています

国が進める医薬品の「セルフメディケーション(スイッチOTC)」OD拍車をかけています

若者の自殺は高止まりと多発するOD(市販薬の過剰摂取:オーバードーズ

 厚労省の自殺対策白書(10/24報道)によると、2024年の自殺者の総数は全世代では2万320人(前年より1517人減少)、統計開始以降2番目に少なくなりました。

 しかし、小中高生の自殺者数は前年から16人増の529人で統計開始以降最多になり、15~29歳の若者の自殺は3125人(男性1859人、女性1266人)で、5年連続3000人を超え、高水準を保っています。(全世代の15%超)

 男女別では各年代で男性が女性を上回りましたが、10代後半のみ女性(347人)が男性(313人)より多い傾向が見られました。大学生では、男女とも21歳が最多で主な原因が進路の悩みでした。

 ここからは、若い世代が生きづらさを抱えやすい現在の社会の構造がはっきりと見えてきています。

 また、20~30代前半の自殺者の4割が自殺未遂を経験しており(女性の4割がOD)、さらに40歳未満の未遂者の6割超がODによって救急搬送されていたことも明らかになりました。

 

 厚労省の担当者は「ODへの対策が自殺未遂対策としても重要と位置づけている。また救急搬送後に再び自殺を試みないよう包括的な支援が必要だ」としていますが、OD予防対策としての市販薬購入規制へ踏み込んだ具体策は出てきていません。

 

 白書では「オーバードーズ対策」として、「市販薬の乱用の危険性等について、パンフレットや動画の作成、厚生労働省Webサイトなどを活用した啓発を実施。オーバードーズに苦しむ若者を適切な支援先 につなぐためのマニュアル『ゲートキーパーとしての薬剤師等の対応マニュアル-OTC医薬品を販売する薬剤師・登録販売者、及び学校薬剤師向け-』を作成し、現場での活用を促進。」とありますが、すべて人任せ、他人事のような対策であることは否めません。

 今や小学生にまで広がりをみせるODの増加が、コンビニやネットで手軽に市販薬を購入できることが後押ししていることは火を見るより明らかです。その危険性については、支援の現場からは何度も繰り返し指摘されてきました。

 しかし、国による「セルフメディケーションによるスイッチOTC( Over The Counter)の推進によって、危険な成分を含んでいる市販薬を手軽に購入できる環境は変わっていません。昨年辺りから購入時の個数制限や年齢などの確認がされるようになりましたがまだまだ抜け道だらけです。

スイッチOTC( Over The Counter)とは

 「スイッチOTC」は、もともと医師の処方箋が必要な「医療用医薬品」である成分が、安全性が高いと認められ、薬局やドラッグストアで処方箋なしで購入できる市販薬(OTC医薬品)」のことです。

 「スイッチ(転用)」という言葉のとおり、医療用から市販薬に切り替わった医薬品を指します。 

 「OTC( Over The Counter)」は「カウンター越しに」という意味で、薬剤師や登録販売者がいる薬局やドラッグストアのカウンター越しに、処方箋なしで購入できる医薬品を指します。 

 代表的な「スイッチOTC医薬品」は、解熱鎮痛薬、アレルギー治療薬、胃腸薬、風邪薬、外用薬など、さまざまな分野で販売されています。 

 

 使用者側からすれば、病院で医師の診療を受けずに、処方薬とほぼ同じ成分の医療品を購入できるので便利である半面、処方薬より薬価が高く、処方についての自己管理が求められます。その背景には、国保の維持にための医療費削減、薬価削減という意味合いが強くあります。

 国と薬品業界の「経済的」な都合の結果、それまでは処方箋なしには購入できなかった多くの薬品(とほぼ同じ成分の薬品)が「スイッチOTC医薬品」として街に溢れ出し、非合法禁止薬物に取って代わって、合法的に薬物依存症患者が手にすることになったのです。

薬物依存症やODによる自殺の予防には、薬物を手に取りにくい環境が必要

 学校や家庭、会社などで多くのストレスに晒され、生きづらさを抱えた人への相談や支援体制の構築は必要ですが、その前に政府が「スイッチOTC医薬品」の販売規制を緩めたことがODを増やした原因になった事実を認め、危険成分を含む薬物が「手に取りにくい」環境をつくる対策を立てるべきです。

 

 小手先の販売規制でお茶を濁すのではなく、薬局やドラッグストアで個人記録を基に薬剤師から直接販売するなどの規制強化が必要です。処方箋薬局ではマイナンバー登録をしつこく言われますが、市販医薬品、特にスイッチOTC医薬品販売時のマイナンバーの活用などの話は一切出てこないのも不思議でなりません。

 若者の自殺の現状を考えれば、便利さの追求よりもネット販売の規制や転売の禁止も急務です。

 また特にODにつながる危険成分を含む風邪薬、解熱鎮痛剤、抗アレルギー剤などのスイッチOTC医薬品の成分の見直し、販売できる医薬品の限定なども行う必要があります。

 政府はカネの問題よりも、国民の命を守ることに少しは本気度をみせてもらいたいものです。

以下、「25年白書」を受けての専門家による記事を紹介します。(10/24付、毎日新聞) 

 

【以下記事】

増える子どもの薬物依存、大人はどう受け止めるべき? 専門家に聞く

(国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長で精神科医の松本俊彦さん)

 

 政府が24日発表した2025年版の自殺対策白書では、若者の自殺者が3000人超で高止まりし、市販薬の過剰摂取「オーバードーズ(OD)」と自殺未遂の関連性の高さも明らかになった。

 大人は、社会は、国は、この状況をどう受け止めたらよいか、どのような対策が求められるのか。「もし身近な人がODをしていたら?」。長年、薬物依存症の問題に取り組んできた、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の松本俊彦・薬物依存研究部長に聞いた。

 

 ――今回の白書では、自殺未遂した人の手段を見ると40歳未満ではODが6割を超え、厚生労働省の担当者は「OD対策が重要」と話しています。

 

 ◆まず問題として認識するのが遅すぎます。私たちは2018年から対策を国に求め続けてきました。救急対応できる病院へのODによる搬送は増える一方で、状況は悪化し続けています。

 例えば若者のODが広がる東京・歌舞伎町の「トー横」では、保護される子どもたちは親の虐待から逃げてきて、地元に帰りたくないと言う。ODはSOSなんです。

 対策として薬を取り上げたとしても、今度はリストカットを繰り返すことになる。ODを「いただけない行動」とするのではなく、「生きづらさのサイン」とみて、医療だけでなく福祉、地域保健全体で支援していく必要があるのは論をまちません。

松本俊彦さん

――なぜODが広がったのでしょうか。

 

 ◆一つはODを受け止められる支援や機関の少なさがあります。もう一つ、すごく気になっていることは政府が医薬品の市販化を進めてきたことです。

 医療費削減の一環として、もともとは処方薬だったものが「スイッチOTC」として市販されるようになったり、一定の条件を満たせばコンビニエンスストアでも市販薬の購入が可能になったりするなど医薬品の市販化を進める動きが強まっています。

 

 多くの国民は、市販薬は病院でもらうより「効果は薄いけど副作用も弱い」と思っているけれど、それは誤解です。戦前の文学者たちの自殺未遂の手段で使われたような成分を含む薬も売られています。

 10代の薬物依存症患者の7割以上は市販薬を使用していました。政府が市販薬の流通拡大を進めてきたことが要因にあるのではないでしょうか。私はさまざまな機会をとらえて、この危険性を主張してきました。

 ――子どもたちに近い学校現場や啓発には何が求められるでしょうか。

 

 ◆薬物乱用教育は「ダメ。ゼッタイ。」を標語に違法薬物に特化し、とにかく違法薬物に手を出さないという1次予防に取り組んできました。

 ところが私たちの調査では、教室の中にODの子どもが1人いてもおかしくないほど薬物依存が広がっています。そうすると、教室の中にも経験者、当事者がいて、その子どもたちにも向き合う1・5次予防とも言える介入が必要です。

 その認識が厚労省文部科学省も十分ではない。

 

 また、厚労省は3月に「ODするよりSD(相談)しよう」という啓発動画を公開しましたが、相談に行っても「ODをやめろ」と言われるだけだから相談できないわけです。

 相談しても受け止めてもらえないからODで対処している子どもたちもいる。

 虐待やいじめなどの心的外傷後ストレス障害PTSD)もあり、自分なりに対処しているのです。その辺りのことを理解した上で本気で対策をやっていく必要があります

 

 ――ODをしている若者が身近にいる時はどうすればいいのでしょうか。

 

 ◆もしも友達だったら、何かトラブルがあるのかもしれない。悩み事を抱えているかもしれない。見て見ぬふりではなくて、できれば学校の中の一番信用できる人につなげてあげてほしい

 一緒についていってあげてほしい。子ども同士では複雑で対応は難しいこともあるから、大人につなげてあげることが必要です。

 ただ、つながった先の大人が「ダメだ、やめろ」と頭ごなしにしてしまえば、そこから先に進めなくなってしまいます。大人も、社会も子どもが勇気を出して伝えたSOSを受け止めて支援していく体制が必要です

【以上記事】

 

「不登校」当事者から不登校を学ぶ(その1)

不登校」の増加は、今や少ない学校が逆に話題になるほど当たり前のことになりました。

 しかし、どんなに増えても個々の「不登校」の背景は千差万別です。

共通した部分やパターンなどはありますが、それぞれのケースに異なる課題が重層的に存在するために、支援者にとって、より多くの「不登校」を知ることが「不登校理解」を深めていくことにつながります。

今回は当事者の声を紹介して考察していきます。(石井しこうさんのインタビュー記事)

「当事者」から見える不登校を体験する

 「不登校」は、既に子どもを支援する親や教員、支援職などが提供した多くのケース実践が研究の対象になり、発表・出版もされてきました。そこには、不登校の多岐に渡る支援の視点や方法、支援者の心構えなどについても多くの情報が提供されています。

 

 不登校の子どもを目の前にした親や教員、支援職を支えるのは、過去の個々のケースに苦闘を積み重ねた支援者たちの提供する視点や方向性です。

 それらの情報の上に、不登校という行動がもつ意味や、それによって揺れ動く家族や学校の姿などが重なり合い、今のケースの理解を深めていきます。

 さらに、当事者の声に触れることができれば、当事者にしかわからない心の内側の体験を知ることで、目の前の子どもへの想像力が促され、支援の方向性が周囲の力動に影響されてブレることを防いでくれる貴重な機会になります。

 

 ただ当事者にとって忘れてしまいたい苦しい経験であろう「不登校」は、当事者からあまり多く語られることがないのです。

 今回紹介するのは、中学2年生から長い「不登校」を経験した「不登校ジャーナリスト」石井しこうさんのインタビュー記事です。<毎日新聞10/7付<教育の森>

【以下記事】

学力差別、いじめ…心折れ

不登校とわたし(不登校ジャーナリスト・石井しこうさん/上) 

 

 教育熱心な家庭ではなかったですが、小学5年の夏から塾に通い始めました。かなり厳しい進学塾でした。毎週テストがあり、点数とフルネームが一覧表で張り出される。座席も成績順に並べ替える。「偏差値50以下の学校に行ったらもう人生はないよ」と言う先生もいました。周囲に他の大人がいない密室で、そのプレッシャーはすごく大きかった。ある子は見せしめのように教室から出されていました。

 いくつもの私立中を受験しましたがすべて不合格。頑張りが報われなかったというショックではなく、もう幸せにはなれないんだという感覚を抱きました。塾で覚えたのは学力差別、能力主義だったんです。

 結局、地元の公立中に通いましたが、管理主義的な先生と合わず、中2の冬からどんどん体調が悪くなりました。決定的だったのは、知り合いを中心に万引きがはやったことです。先生が取り調べをしたのですが、暴力的だったうえ「他にやったやつの名前を言え」と聞かれ、友人関係に亀裂が入っていじめも生まれました。万引きとは関係のない障害のある子や、外国にルーツがある子がターゲットのいじめも始まり、このあたりで心が折れました。

 ある夜、母に「学校に行きたくない」と打ち明けました。母は驚いたと思いますが受け入れてくれました。長期休暇と重なり、その後は一カ月くらい登校しませんでした。

 この時期が、私にとっては相当大事な時間になりました。自分なりに気持ちを落ち着かせ、フリースクールに行こうと決められたんです。

 

 通った場所では、プログラムやルールをすべて子どもとスタッフが話し合って決めました。中学受験前の塾での学習は、「これを覚えなさい」と言われる客体的・受動的な学びの極致のようなものでした。ところがフリースクールでの学びは「出合うもの」。正解は人それぞれで、答え合わせは必要なタイミングで良かったんです。学びの捉えが180度変わりました。

 もう一つ、フリースクールで大きな衝撃を受けたことがあります。それは実際に不登校の人に出会うということ。私が通った場所には30人くらい、小学校低学年から20歳前後くらいまでの人がいました。「自分だけじゃないんだ」と思えたんですよね。なかなか説明しづらいですが、理屈を超えた安心感がありました。(聞き手・斎藤文太郎)

【以上記事】

石井しこう 1982年、東京生まれ。中学2年から6年間フリースクールに通う。19歳で不登校専門紙の発行元NPO法人で記者となり、2006年から編集長。法人解散後も「不登校ジャーナリスト」として当事者らの取材を続ける。

記事を読んで

(中学受験の失敗)

 自分への内省が始まりアイデンティティーを確立していく人生でもセンシティブな思春期前期に、中学受験のための進学塾で叩きこまれた「学力差」と「能力主義」。

 さらに、受験失敗という「もう人生がない」「幸せになれない」という落伍者の烙印。

 地元の公立中学に進学した石井さんの「負け組」の傷つきと、地に落ちた自己評価は如何ばかりだったでしょう。

 石井さんが経験したことは「学力差別」と「能力主義」の中で「もがく」子どもの苦しみです。「学力」だけが人間の価値を測る尺度として追い込まれ、受験失敗という結果によって強烈に自分を無価値と感じたと推察できます。

 

 多くの小学生が経験する中学受験には、このような構造的な落とし穴があること、そこに落ちた子どもがどんな思いをするのかが、ここでは痛切に語られています。

 また、仮に塾にそれなりに適応して受験に合格した子どもであっても、「勝ち組」の優越した価値観がその後の人間関係に影響して、結果的に苦しむことになるかもしれません。

 

(公立中の管理的生徒指導と不登校

 地元の中学では教員の厳しい管理とそれに起因した生徒たちの「荒れ」が待っていました。

 管理教育は子どもと教員との信頼関係を失わせ、子どもたちの行動が荒れ、子ども同士の人間関係をも破壊していきます。「いじめ」の横行はまさにその表れです。

そんな環境の中で、石井さんの心は折れてしまいます。

 中2の冬に体調不良を起こしたことをきっかけに「不登校」が始まりますが、そんな石井さんを見てくれていただろう母親が「不登校」を受け入れてくれたことは、大きな「救い」だったはずです。

 その後、不登校になって聞いた「フリースクール」の情報が石井さんを次の「救い」に導くことになります。

 この「情報」もきっと支えてくれた母親から得たのではないかと推測できます。だからこそ、石井さんには再登校を目指さず、フリースールを選び取れた「心の健康度」があったことにも注目すべきでしょう。それは石井さんの「フリースクールに行こうと決められたんです」という言葉によく現れています。

フリースクールでの学びの経験)

 フリースクールでの主体的な学びが、石井さんの心に変化をもたらします。

 「学びは「出合うもの」。正解は人それぞれで、答え合わせは必要なタイミングで良かったんです。」

 この言葉に、偏差値で輪切りにされてきた受け身の「学び」の苦しみから解放され、自己決定していく主体的な学びを知った喜びが感じられます。

 この石井さんの体験は、子どもの学習や教育に限らず、現代人の生き方への警鐘であり、社会構造の課題への問題提起にも通じています。

フリースクールでの一番の衝撃)

 最後に、フリースクールで「大きな衝撃を受けたこと」が語られます。

 石井さんは、そこに集った人たちに出会って、「自分だけじゃないんだ」という理屈を超えた安心感があったといいます。これに似た感想は、同じ悩みを抱える当事者の自助グループに参加した人たちにもみられます。

 裏を返せば、それまでは「自分だけだ」と思ってきたということであり、衝撃の大きさが強い孤立感や孤独感を抱えてきたことを表しています。

 

 これは単純に「ひとりだけではなかった」ということではなく、目の前に何人もの不登校の子どもたちの実像があって初めて得られる「安心感」なのだと推察できます。また、不登校の子どもたちが、けして「特別な子どもではない」と知ることも安心につながるのでしょう。

 

 フリースクールなどで活動する不登校の子どもたちを初めて見た人たちが、「フツーの子たちに見える」とか、「学校に行けそうに見えます」などの感想を述べることがよくありますが、これと同じような思いが当事者同士の中にもあるのかもしれません。

 

 「不登校」の子どもの「作られた暗いイメージ」が世の中にはあって、不登校になった子どもたちもそれに影響を受けている部分があります。自分自身にもイメージを押し付けてしまうこともあるでしょう。

 それだけに、明るく活動しているフリースクールの仲間たちに出会ったときの「衝撃」は大きいのかもしれません。

 この衝撃は、石井さんのその後の生き方を変えていくのです。



 

増える「心理的虐待」~中学生Kくんの憂うつ

児童に対する虐待行為の内容は、身体的虐待、性的虐待ネグレクト、心理的虐待の4種類があり、法によって禁止されています。(「児童虐待の防止等に関する法律」2000年11月20日施行)

あらゆる虐待には広義の「心理的虐待」が伴う

 上記の法律では「虐待」を4種類に区分していますが、多くは重複的であり、①~③においても「心理的虐待」が存在しています。

 法律上④の「心理的虐待」は、①~③の直接的な行為を伴わないものを便宜的に分けているだけで、すべての虐待が子どもの心の傷つき(トラウマ)を生むと考えれば、広義の「心理的虐待」を伴うものが「虐待」と言えます。

 

 子どもの心に深い傷残す「虐待」の多くは、子どもの日常生活の日々に、繰り返されながら長く続いていくことでその層の深さを形作っていきます。

 具体的には、暴力(身体的虐待)、性暴力やグルーミング(性的虐待)、衣食住を奪う養育(ネグレクト)、暴言、DVの目撃、宗教による生活支配、過干渉やエジュケーショナルマルトリートメント(教育虐待)、精神的なネグレクト(無関心・放置)などがあり、時代を超えて、形を変えながら子どもへの虐待は増え続けています。

どうしたら学校は「虐待」に気づけるか

 小中学校でも虐待が疑われるケースが多くありますが、なかなか外からは見えにくいため、子どもの状況や変化を捉えていく学校側の支援の機能も問われています。

 まず、すべては「子どもの変調」に気づくことから始まります。

 

 体調不良を訴えての保健室利用が増える、遅刻早退欠席が増える、学習成績が低下するなどの変化は目に見えやすいものですが、徐々に表情が乏しくなる、独りで過ごすことが増えるなどは、見過ごされやすいものです。日頃からの教員間の子どもの変化の情報交換がキーポイントです。

 また、顔や身体に傷や内出血がある、衣服が汚れている、手首にリストカットのような痕がある、首筋に擦り傷がある、「死にたい」と希死念慮を周囲に漏らすなどについては放置せずに、その日のうちに教員間で情報共有し、対応を協議します。

 虐待の可能性がある場合は、慌てて杓子定規に保護者に連絡をせずに、まず子ども本人と向き合って気持ちを訊きながら、どういう形での対応を望んでいるのか、いつ誰がどこでどういう形で保護者に伝えるのかを決めていくようにします。学校としては児童相談所への通告や連携の可能性を含めて準備しておきます。

 

 その時に最も大事なことは、子どもと学校の信頼関係です。子どもの思い通りにするという意味ではなく、子どもとのつながりを切らずに時間をかけて向き合い、子どもの納得を得ながら対応を進めることが肝要です。

 また、虐待ケースは、相談ベースになかなか乗りにくいという共通点がみられます。

 虐待ケースの多くは、子どもの変調に対しても家庭から学校へのアクションがほとんどありません。子どもの変調に気づいた担任が心配して親に連絡しても、「家では変わりなく、問題ない」「学校での変調は学校に原因があるのではないか」などと言って取り合わないこともあります。

 学校からのアプローチに対して必要以上に防衛的・攻撃的になる親には何か理由があるのです。

 

 虐待ケースでは、子どもを虐待から救うことが最優先になります。自分から児相に一時保護を希望して電話をする子どももいますが、多くは学校や子どもが通っている外部機関が変調に気づくことから虐待が明らかになります。

 子どもの変調や違和感を見逃さずに、校内で情報共有して子ども自身へのアプローチが続けられる学校の支援のセンスが問われているのです。

 

 以下に紹介する中1の男子Kくんのケースは、増え始めた欠席とKくんの虐待を伺わせる一言から始まりました。(ケースは実際のものとは変えています)

中学生Kくんの憂鬱(ケース紹介)

Kくんの変調

 中1のKくんは無口で物静かな少年です。学級では周囲とは適度に交流をしますが、何事にも積極的に行動する方ではありません。学習面はとても優秀だそうです。

 小学校からの引継ぎ事項は特にはなく、問題のない子どもとして入学してきています。担任もKくんの真面目な性格や社会性、学習の能力などから、学校の枠を踏み外すことなく、教員やクラスメイトとの適度のコミュニケーションを保ちつつ過ごしているフツーの生徒とみていました。

 しかし入部した運動部を早々に退部すると、5月頃からポツリポツリと体調不良で欠席が増え始めました。

 Kくんの表情が少し憂うつそうに見えた担任が、6月頃欠席明けに登校したKくんに声をかけ、話を訊くと思わぬ答えが返ってきました。

「欠席をした時に、父親から暴力を受けました」

 

 驚いた担任が詳しく聞こうとすると、ここだけの話にしてほしいとそれ以上具体的な話をしたがりません。そして、殴打されたという顔には腫れや傷跡らしきものはまったく見当たりませんでした。虐待?虚言?

 迷った担任は学年の教員たちに相談しましたが、本人の話をもう少し聞いてみようということになり、スクールカウンセラー(SC)に白羽の矢が立ちます。SCは40代でKくんの母親世代の女性でした。

 担任がKくんに「SCと話してみないか」と提案したところ、意外にも?Kくんは快諾しました。

KくんとSCの面接がはじまる

 Kくんが予約通りSCとの面接に訪れたのは6月の半ばでした。

 

 SCによれば、Kくんは穏やかで人当たりが良く、SCとの会話も卒なく上手でしたが、自分から何かを話すことはしません。でも、不思議なことに二人の間に「沈黙」の時間があっても、変な緊張感が走るようなこともなかったといいます。

 SCから問われる体調や気分、家での過ごし方などについては的確に答え、それ以上に自分の思いを話さず、何も問わなければ、ただ穏やかに黙っていたそうです。

 肝心の「父親からの暴力」については、「あったこと」だけを認めましたが、詳細については話しませんでした。

 Kくんは50分程度の面接が終了すると、次の面接の予約をして礼を言って退室したそうです。

 

 Kくんが何かを抱えている様子を感じたSCは、面接では真偽不明の父親からの暴力にすぐに焦点化することをせず、SCがKくんに関心を寄せて、顔を見ながら会話を続けることがこのケースのカギを握ると判断し、担任と学年の教員に伝え理解を得ました。

 

 その後、SCが感じていたとおり、Kくんは2回目以降の面接には忘れることなく必ず訪れます。夏休み前には、体調不調を理由にKくんの登校する日が徐々に減っていきましたが、SCとの面接予約がある日は必ず登校し、面接に訪れました。

Kくんの家族歴と家庭状況

 SCは、Kくんの小学校時代の詳しい情報をあらためて中学校から小学校に聞き取ってもらい、小学校が知り得た生育歴や家族歴の情報を集めました。

 

 それによると、Kくんは小学校中学年の頃に両親が離婚。母親と離別し、Kくんと二つ下の弟と父親との3人家族となったそうです。父親は経済力もあり生活面での問題はないとのことです。Kくんの学校生活にも変化はみられなかったとのことでした。

 その後、あまり時間をおかず父親は再婚し、女性とその子どもとの同居が始まります。いわゆるステップファミリーの5人家族の暮らしが同じ家の中で始まったのです。Kくんが小6の時のことです。

 

 しかし家庭では、父親の子どもたちと、女性と子どもとの交流はなく、食事の時間や空間も分けて生活し、互いの子どもの養育・教育に関しても一切干渉しない決まりであるとの父親からの話に従って、小学校は父親とのみ連絡を取ってきたそうです。

 

 ところが、その後Kくんは、父親から別居した母親が急死したことを知らされます。

 詳細は不明で、学校もそのことを知ったのは後のことだったそうです。当時の担任は、Kくん兄弟が両親離婚から母親の死去までの経緯について父親から何も説明を受けていない様子で、子どもたちは母親とも連絡を取っていなかったことに当惑していたようですが、兄弟ともに毎日特に変化もなく登校していたのでそのままになったようです。

夏休み明けの不調

 夏休み明けも、Kくんの様子には変化はみられず、月に2回ペースのSCの面接に来談していました。

 10月半ばを過ぎた頃から面接でのKくんに変化がみられ始めます。

 

 SCがいつもどおりKくんに話しかけながら面接の時間を過ごしていると、なんの前触れもなくKくんが母親の話をし始めたそうです。小さい時に母親とこんなことをしたとか、こんな人だったなど、ポツリポツリと話してくれたと言います。

 

 このことがきっかけになったように、Kくんの登校日数は減っていき欠席数が上回るようになりました。SCはこの時、Kくんには母親のことで傷ついていると確信したといいます。

 学校では、Kくんの不登校を理由に父親と相談しようということになり、担任が多忙な父親に何度も電話をして学校に来てもらう段取りを組み、来校が実現したのは12月に入ってからでした。

 父親は担任との面談の後、SCとの面接も行いました。

 

 SCによると、父親はKくんの不登校への対応については拍子抜けするほど協力的で、今後も学校と連携していくことになったそうです。不調の時の学校欠席についても、無理強いしたことはないと言います。しかし「父親からの暴力」の真偽は以前不明のままでした。

 その一方で、SCは父親の独特な雰囲気を感じ取ったと言います。

 父親の話しぶりは仕事の話のように事務的で淡々としており、Kくんの様子よりも、父親自身の生育歴や仕事の話を一方的に話す様子がみられました。唯一、父親が語ったKくんは「嘘つきで、虚言が多い」ということだけだったそうです。

 

 SCはその後Kくんには、父親がKくんの不登校を心配して相談に来てくれたことだけを伝えました。

冬休み後のKくんとその後

 年が明けるとKくんはやや回復傾向をみせ、登校する日も増えて学校行事にも参加し、元の時々欠席ペースに戻ります。SCとの面接も来談し、雑談でも明るい表情が見られるようになってきました。

 学校としては父親ともつながりができ、Kくんの健康度も回復傾向をみせていることから、SCの面接を続けながらKくんの様子をみていくことになりました。

 

 進級後もKくんのペースは変わらず、欠席をしながらの中学校生活を過ごしていったそうです。それなりの安定を感じたSCは面接のペースを緩めて継続する中で、Kくんには「お父さんにSCから伝えてほしいことがあれば伝えるよ」と毎回、最後に言葉をかけ続けたそうです。

 卒業期に入り、学校はSCの見立てに基づいて目標を設定し実践しました。

「Kくんには、この先いつでも両親の離婚や母親のことについて父親に尋ねて良いこと、きちんと知る権利がKくんにあることを心理教育し、傷ついたKくんの心に自立の種を蒔く」という目標でした。

 Kくんは卒業後、高校に進学しています。

Kくんのケースから学ぶこと

 子どもが「自分が何者なのか」ということを知り、ひとりの人格としてのアイデンティティーを作って生きていくことために、出自や家庭環境の変化については「知る権利」が保障されています。

 Kくんのように、子どもだからという理由だけで何の説明もされない「大人の無関心」と「精神的な放置」は、ひとりの人格として扱われないことと同義です。

 両親の離婚や、別居後の母親の所在、生死、再婚と同居などについて、Kくんには事情を知る権利があります。そして、未熟な子どもの側に立って状況の説明をし、その不安や動揺を一緒に受け止めていくことは周囲にいる大人の養育の義務です。

 Kくんのケースでは、Kくん自身が自分の思いを言語化できない限り、状況だけでは「心理的虐待」があったとは断言できませんが、少なくとも学校はKくんの傷つきに気がつきました。

 その答えが、Kくんの「空虚で不確かな自己の存在」に、学校の大人たちが向かい合って、将来の自立に向けて教育していくことだったのだと理解できるのです。

 

 「嘘」の世界に生活している子どもには、当たり前のように「嘘」や「虚言」は増えていきます。Kくんの父親はそのことに気づくことができませんでした。

 しかしKくんは、「実態が不明な虚構の生活」の中に放置されるという「暴力」を心に受けて傷ついていたのです。

 

 Kくんが抱えた思いをそのまま受け止め、辛抱強く「憂うつなKくん」に向き合い支え続けた学校の姿勢が、Kくんのあの言葉が「虚言」ではなかったことを明らかにしたのです。







 

当事者に向き合う精神医療福祉支援とは~日本の精神医療の明日を考える

ストレスによって、多くの人々が身体の変調や何らかの適応障害を抱えながら生活している今の日本社会では、精神医療福祉支援、心理的支援などの必要性が益々高まってきています

現在、厚労省を中心に国のこれからの精神医療福祉支援を考えた、見直しの論議が行われています

今回は、新聞記事「身体拘束なくすには」(精神科医工藤由佳氏:9/15付)を紹介しながら、この機会に、「当事者に向き合う」精神医療福祉支援について考えます

求められる、当事者に向き合う精神医療福祉支援

 2024年の日本の自殺者数は20,320人で、前年と比べ1,517人減少し、統計開始以降2番目に少ない数値となりました。

 中高年の減少傾向はみられますが、子どもや若年層の自殺者数は増加傾向にあり、希死念慮自傷行為、自殺企図は裾野が広く低年齢化し、さらに当事者に向き合った精神医療福祉支援が求められています。

 

 現在、厚労省は「精神保健医療福祉の今後の施策推進に関する検討会」(座長=田辺国昭東京大大学院教授)を立ち上げて、今後の国の精神保健医療福祉の在り方を議論しています。

 「福祉新聞(9月15日付)」によると、9月8日、厚労省は、精神科病院での入院について、「強度行動障害の人など治療効果の見込めない人を将来的には対象外」とする考えを検討会に示しました。

 これは、精神科病床が今後減ることを想定し、「入院は急性期の患者か、急性期を越えても早期退院を目指す患者を中心とする」というものです。

 「強度行動障害の人など慢性期に当たる患者の入院については、障害福祉介護保険のサービスによって地域や施設の対応力を高めることにより適正化していく」としています。

 また、地域の医療と福祉の組み合わせで強度行動障害の人を支える拠点として、機能を強化した「訪問看護事業所」を創設するとのことです。

 精神科入院医療中心から脱却し、地域医療福祉支援への転換は世界の潮流です。

 しかし日本は先進国では突出して、精神科入院医療を行っています。

 精神医療先進国のイタリアでは、1978年にバザーリア法が成立し、精神科病院が99年までに全廃され、滞在型の地域精神医療センターに移行しています。

 

 今回、厚労省は、入院医療中心から脱却するための論点の一つとして「地域で拠点となる精神科訪問看護事業所」を挙げています。

 そこに求める役割としては、以下の5点を想定しています。

(1)24時間対応

(2)措置入院※からの退院者を対象とする

(3)医療機関障害福祉事業所と定期カンファレンスを行う

(4)障害福祉介護保険の短期入所と連携する

(5)身体合併症のある人の受診支援を行う

 

(※「措置入院」は緊急措置の自治体の強制入院。それに対し「医療保護入院」は家族の同意による入院、「任意入院」は本人の意志による入院を指す。)

 記事によると、この構想には委員間で大きな異論はないとのことです。

 ただし強度行動障害の人に対して服薬で行動を抑えることはかねてから問題視されており、ケアの中身として医療の色が強くなりすぎることへの懸念は複数上がっています。

 利用者像としては、依存症、摂食障害、自殺企図のある人、引きこもりの人が該当するとのことです。

(※強度行動障害とは、知的障害や自閉症の人の一部にみられる自傷、こだわり、睡眠の乱れ、異食といった行動により、特別な配慮が必要な状態を指します。所定の判定基準に基づき24点中10点を超える人が該当。今までは約8000人と言われていましたが、実際は22年10月の障害福祉サービスの利用実績から算出すると、延べ人数で約8万人(児童を含む)存在しています。障害者支援施設での受け入れを拒まれ、精神科病院に入院する人もいます。)

地域医療福祉への転換には「当事者と向き合う」精神が必要です

 きっかけは精神科病床の減少ですが、物理的経済的理由だけで地域移行を進めても当事者が安心してケアを受けられる環境はできません。

 これまでの日本の精神医療の在り方を根底から見直し、精神医療先進国の歴史と精神に学びながら、これからの地域ケアに向かう「考え方」を、当事者を主体にした医療福祉サービスに変えていく必要があります。

 このことについて毎日新聞に参考になる記事が出たので紹介します。精神科医の工藤由佳さんへのインタビュー記事です。

【以下、記事】

 身体拘束なくすには   精神科医・工藤由佳氏

毎日新聞 2025年9月14日 <くらしナビ ライフスタイル>

精神科医療における強制入院や身体拘束はゼロにできる――。2022年から約2年間、英国に留学し、英国とイタリアの精神科医療の現場を訪ねてきた精神科医の工藤由佳さんは、こう力説する。身体拘束の件数や拘束時間が世界で突出している日本で、どうすれば身体拘束をなくせるのか。工藤さんの答えはシンプルだ。「誰かがそばにいればいい」【聞き手・小国綾子】

Q)英国の身体拘束事情を教えてください。

◆日本では拘束具でベッドに体を固定する身体拘束が一般的ですが、英国では事実上、まったく使わないそうです。日本でよくある個室隔離も英国では非常に少ない。代わりに英国では当事者を1対1で看護していました。時には当事者1人に2,3人の看護師や看護助手がつく。つまり「誰かがそばにいた」のです。

 日本でも身体拘束には切迫性・非代替性・一時性など3要件があり、常時の観察も義務づけられています。しかし実際には15分~1時間に1回の観察をするだけの現場がほとんどで、世界でも突出した数の身体拘束が行われています。誰かがそばにいて、話を聞いたり、共感したりすれば自殺や自傷への衝動も落ち着くだろうに。

 私はそこに「認知的不正義」があると考えています。権力を持つ人々が、社会における偏った見方によって、ある集団に属する人々の言葉に対する信用性を低く見積もることです。日本では強制力を行使する前の医療従事者と当事者の対話が圧倒的に足りない。欧州の精神科医療改革では、認知的不正義について、医療従事者への教育が行われています。

 英国では支援者が地域に出向き、重症の精神障害者当事者の生活を支えます。ただ強制入院の制度はあるため、人の尊厳がどうしても侵されてしまう。当事者経験のある英国の友人は精神科病棟に入院した際、名門のキングスカレッジの学生だと言っても医療従事者に信じてもらえず、自分が何者なのかわからなくなったといいます。支援者による認知的不正義の典型例です。

 今、南ロンドン地域ではイタリアのトリエステという街の開放型・非強制のメンタルヘルスサービスに学ぼう、という機運が高まっています。

Q)イタリアは「精神科病院のない国」で有名です。

◆1978年に法律ができ、99年までに精神科病院が廃止されました(バザーリア法)。強制入院は限りなくゼロ。代わりに24時間対応の地域精神医療センター(CMHC)を中心にした医療を展開しています。

 CMHCは人口約7万人に1カ所設置され、地域住民なら軽症から最重症の方までいつでも無料で受診できる。私はゴリツィアという街のCMHCを見学しました。入院ではなく滞在できる部屋があり、カギを掛けず、持ち物や外出、外泊、面会は自由。病院というより障害福祉サービスのショートステイができる施設と近い印象でした。

 

 スタッフが大切にしているのは、「私たちは強制医療を行わない」という誓いだそうです。当事者と時間をかけて話し合い、本人も納得の上で滞在してもらう。当事者の意思をそのまま通すことが困難な時は、当事者にお願いして落としどころを決めていく。そこにあるのは当事者の言葉や回復する力や良心を信じる支援者の態度です。支援者が当事者を信じることで、当事者との信頼関係を築くのです。

 

 イタリアでも「誰かがそばにいる」を感じました。見学中。騒いでいる当事者を見ましたが、精神科医と心理士が両側で寄り添い。互いの指を交差させる「貝殻つなぎ」をしてあげていました。最後はその方も穏やかになりました。

手間ひまかけて医療側が地域へ 

Q)日本でも「誰かがそばにいる」は可能ですか。

◆可能です。身体拘束しないことを最優先事項にできるかにかかっています。欧州では今、院内の看護助手など、医療資格者以外の支援の力に頼っています。日本もこれに倣い、さらには病院の外からも障害福祉サービスの支援者やピアサポーターに入ってもらえれば人手が得られます。

 ただ、病院だけで行うには限界がある。身体拘束をなくすのに最も有効なのは。脱施設、地域化です。

 

 日本でも地域で多くの支援者が当事者を支えています。精神医療に求められているのは、地域の支援者が困っている時、当事者を引き取って効果的に管理することではなく、医療従事者が地域に積極的に出向き、手間ひまかけて苦労を共にしながら解決策を考えていく役割だと思います。家族の負担を軽減することも大事です。

 

 今、厚生労働省の身体拘束基準の見直し案をめぐり、切迫した議論が続いています。「強制入院・身体拘束ゼロ」など現実を知らない理想論だ、という臨床家がいるでしょう。しかし人を人として扱うということは、無条件で守られるべき世界の潮流です。「誰かがそばにいる」とは、物理的に誰かがそばにいることだけではありません。その人を信じて、味方となってくれる人がいる。精神的な危機を救うのは支援者の「信じる力」なのです。

各国・地域の身体拘束

長谷川利夫・杏林大教授らの国際共同研究では、人口10万人当たりの身体拘束数は、日本が年120件で1位。2位はドイツの81件。イングランドは1.9件、ウェールズは0件。平均拘束時間は日本が730時間、ドイツ8.2時間、ニュージーランド1.1時間だった。

【以上記事】

「認知的不正義」による強制入院や身体拘束が見直される契機に

 当事者に対する「認知的不正義」に基づく強制的な入院や身体拘束は、自傷他害の予防や精神疾患の症状の改善のためという名目で今も行われています。

 このインタビュー記事にもありますが、それらは当事者の思いや医療関係者や支援者との人間としての信頼関係を損ない、当事者の人としての尊厳を踏みにじるものです。

 また「認知的不正義」自体が当事者の自己のアイデンティティーを侵害することも述べられています。

 あらゆる医療行為や支援は、当事者へのインフォームドコンセントと信頼関係なしには行うことはできないことを今こそ再認識する時なのです。

 

 著書『傷の声』の中で自らの自傷行為とその心理を克明に書き残した筆者の斎藤塔子さんは、措置入院時の身体拘束によって自らの内面が壊されていく壮絶な様を描いています。

 人間が物か、それ以下のモノとして扱われていく様子は、それが精神疾患を理由にされた強制力によって、その後の人生にトラウマとして心の深い傷に残ることを強烈に示しています。

 もちろん、ひとりの支援者の思いだけで当事者に向き合い続けることはできません。

 システムとしてそれができるスタッフの人数と当事者が安心できる環境の下、心から当事者に向き合い、当事者の思いを訊き、当事者の選択の自由を尊重する「精神」が浸透した支援体制を時間をかけて積み重ねて作っていくことが重要なのです。

 

 これからの日本の精神医療福祉の方向性は、「誰かがそばにいる」と当事者が感じられ、意思を尊重される支援が、精神医療分野だけでなく、あらゆる分野で実現されていくかどうかの大きな分岐点になるのです。