小学生13人 中学生153人 高校生347人(2023年:厚生労働省・警察庁)
小中高生の自殺者数の推移と、自殺者数の全体的な傾向を見ていきながら、
自殺のメカニズムと予防について考えます。
小中高生の自殺者数の推移と、全世代の傾向
2023年度の小中高生の自殺者数は513人(前年度514人:厚生労働省)と、高止まりしています。内訳は小学生13人、中学生153人、高校生347人(昨年度小17人、中143人、高354人)で、統計史上、総計514人が最多で、2023年度が2位ということになります。
数字だけでは、何も実態は見えてはきませんが、コロナ禍に見舞われた2019からの5年間で2398人(小学生63人、中学生702人、高校生1633人)もの自殺者が出ています。この自殺者数を見て、皆さんはどう感じられているでしょうか。
全世代の自殺者数は1998~2011年までの14年間ずっと3万人を超えていましたが、その後緩やかに2023年度は21,837人まで減少しました。この14年間の中心となっていた世代は60歳以上の高齢者でしたが、その後高齢者の自殺者が減少に転じて現在の全体の数字に至ります。
しかし、最近の5年間、世代間の傾向が大きく変化してきています。
自殺者の中心の年代は働き盛りの50代と40代になり、自殺死亡者率は50代がトップ、40代が2位、20代が3位。これまで低かった10代も増加し、全体的に志望者率の世代間格差が狭くなってきています。
50代、40代は介護と子育てのダブルケアになる親の世代で20代、10代がその子どもの世代と読み取ることもできます。
急激に増える小中高生の自殺
小中学生の自殺者数は、この5年で跳ね上がりました。1980年代から2018年までの傾向では、小学生は一桁~10数人、中学生は100以下~100人前後、高校生は150~200人、全体では200~300人くらいでした。
しかし、全体数は2011年(東日本大震災の年)からジリジリと増加傾向に入っており、2013年からの5年間で1725人が亡くなっています。そして2019年からのコロナ禍の5年間で2398人と急激に増えたのです。そこからは子どもたちの学校や家庭での生活の大きな変化が見て取れます。
厚生労働省は「危機的状況」という表現でこの数字を発表しています。
小中学生の不登校児童生徒数が約30万人になったこともあり、文科省や各自治体も学校での支援の対策をそれぞれ急ごうとしていますが、同時期に教員の雇用と勤務の問題が顕在化し(子どもの問題とけして無関係ではありません)深刻な教員不足に学校現場が苦悩する末期的状況に陥っています。
自殺のメカニズム(3つの主要因)
自殺のメカニズムについては、アメリカの心理学者のトーマス・ジョイナーが2009年に開発し発表した「自殺の対人関係理論」が、ジョイナーモデルとして現在定着しています。
ジョイナーモデルによれば、自殺の原因となる3つの主な要因があります。
①所属感の減弱
他者から受け入れられている所属感は、個人の心理的健康や幸福感に必要な生きるための基本的な欲求とされています。この所属感が減弱していくと、他人とのつながりがなく、自分はこの世界で一人きりであり、誰も自分のことを気にしていないという認識に陥っていきます。
②負担感の知覚
負担感の知覚は、人の存在は他人や社会の負担であり、死んだ方がマシであると思うことをいいます。ジョイナーは「負担感の知覚」を「私が死ぬことは私が生きるよりも価値がある」と記述しています。
※人間関係理論によると、①「所属感の減弱」と②「負担感の知覚」の二つが一緒になって「自殺願望」を生み出すとしています。
③身についた「自殺潜在能力」
ジョイナーは、これを後天的に「身についた」潜在能力と言っています。自殺行動をとる能力は人生経験を通して獲得されます。
死の恐怖は生まれつきの強い本能ですが、肉体的な痛みを伴う経験、子ども時代のトラウマ的な出来事の目撃、重病の罹患経験、自傷行為など、これらが痛みを伴う刺激に対して鈍感になる作用をもたらし、死への恐怖感が弱め、自殺行動を取る能力を高めていきます。
身体的苦痛を伴う職業や、他人の死を多く目撃する仕事など(兵士・医師・看護師・警察官・消防士など)はこの作用が高まります。戦闘経験のある兵士の自殺率が高い事実は、ジョイナーの理論を裏付けています。
また、社会的マイノリティの自殺や自殺予防研究の専門家の和光大学の末木新(すえきはじめ)教授は、過去の自殺企図の積み重ねも含めて、「自殺の潜在能力」は「訓練」によって獲得されていくと述べ、死の恐怖を克服して「死にきる」力であると述べています。
※「自殺願望」を高めた①「所属感の減弱」②「負担感の知覚」に、さらに③「自殺潜在能力」の3つの主な要因が加わると「自殺企図のリスク」が高まります。
平たく言えば、
①孤独で、②他人の負担になる、と思っている人が、
③生育歴・人生経験の中で死へのハードルを下げられる能力を身につけていると、
自殺のリスクが高まるということです。
更に言い換えると、
③潜在能力をもつ人が、①孤独と、②負担の知覚、が揃う状況になると
自殺リスクが高まるとも言えます。
つまり、逆に、①孤独と、②負担の知覚、が揃っても③潜在能力をもつ人でなければ、思いとどまる可能性があり、
③潜在能力をもつ人でも、①孤独と、②負担の知覚、両方が揃わなければ自殺を回避で
きる可能性が高くなるということです。
自殺予防の条件
単純に考えてみます。
自殺を予防していくためには、社会では誰にも役割があり、人との強い結びつきによってそれを分担しているという「所属感」をもつこと、他者にとって自分自身の存在そのものが役に立っているという利他的な意識(「他者への負担感」が少ない状態)があることが必要であることがわかります。
そして、その生育環境において過酷なトラウマになるような「痛み」や「死」の経験を減らし、例えトラウマを負ったとしても、子どもに対する早期からの長期展望に立ったトラウマケアシステムが整い、大人になってもリスクの高い業種での体験や偶々遭遇した事故などへの必要なケアシステムがあることが、最大限「潜在能力」を育てない社会になり得るのでしょう。
しかし現実は、負の方向に抗う社会制度をどれほど整備しても、人間の複雑な心理や集団のあり方、生育や家族のあり方は、社会の力動に揺れ動かされ、その渦に飲み込まれていきます。
制度によって救われる人間は増えていくでしょうが、けして100%になることはなく、必ずスロットが3つ揃う人たちが出てくるのです。
つまり、自殺予防対策は、自殺者を出さないというより、如何に減じていくかという観点での対策が重要です。そこを踏まえて考えると、「潜在能力」は、その人間からはとても見えにくいものですが、「所属感」がなく孤独であることや、その人自身が他人の「負担」になっていると考えていることは、その人の所属している同じコミュニティの人間からは見えてくる可能性がありそうです。実際に家族や職場、学校などで周囲が気づいて対応したケースも多くあります。
現在の学校での自殺予防の取り組み
現在多くの学校では現在相談やケアにつながっている子どもたち以外に目を向けていこうという動きも出ています。各自治体や教育委員会、学校の危機感は高くなってきています。
2023年の自殺統計を受けての文科省の通知「児童生徒の自殺予防に係る取り組みについて」(2024.2)でも、自殺予防の啓発や学校での子どもの状態の早期把握を呼び掛けています。
しかしこれらの取り組みはすべて対処療法の域を出ていません。
そのうえ今回の文科省通知には、これまでの学校教育行政への反省は微塵もありませんでした。子どもと教員の関係性を深めていくための時間の確保の必要性、子どもが見える少人数クラスの前倒し実施、困った保護者が早めに相談できる体制づくりなどにはまったく触れていません。
通知の後半部以降は、具体的な対策例として、行政はGIGAスクール(IT化)を推進してきたのだから、この際「ICT」ツールを活用しましょうよ、という軽いノリ?にしか感じられないような文言で占められています。このお気楽さに、心に昏い穴が開く思いがしています。
現実的には、根本的なバックアップのない学校では、子どもに日常の生活アンケートを定期的に実施して子どもからの困り感のサインが出しやすい支援体制を工夫したり、休日でもいつでも相談できる電話窓口を紹介したりしていますが、決まった枠組みの中ではそれが精一杯の取り組みです。
その中で、次々と様々な子どもへの対応が必要になり、学校はそれに日々追われています。
子どもたちの自殺予防への道のりは、遠く険しいというのが現状です。
→ 後編に続きます。
後編では、学校の実際の現状を紹介しながら、自殺予防の難しさを考えていきます。