「ストレスマネジメント」の経験の積み重ねが、レジリエンス(柔軟な回復力)を高め、ストレスが原因の身体疾患や、うつ病やPTSDなどの精神疾患の予防になります。
まず「ストレス」とは何か、を押さえておきましょう
「ストレス」=「ストレッサー」(外的刺激)+「ストレス反応」(心身の反応)
と、両方を合わせて「ストレス」と考えられています。
「ストレッサー(外的刺激)」の種類は4つあるとされています。
①物理的ストレッサー
暑さや寒さ、騒音や人混みなどの物理的な要因。
②化学的ストレッサー
毒性の化学物質や薬物、酸素欠乏などの化学的要因。
③生理的ストレッサー
病気や飢餓、不眠などの生理的な要因。
④心理・社会的ストレッサー
人間関係、仕事や家庭の問題など社会的な要因。
「ストレス反応」(心身の反応)の3つの面
ストレッサーに反応して起こるストレス反応は、「心理面」「身体面」「行動面」の3つの領域に表れます。
①心理面
恐怖、不安、イライラ、抑うつ、緊張、怒り、孤独感、無気力など
②身体面
疲労感、食欲低下、不眠、腹痛、頭痛、便秘や下痢、肩こり、めまい、しびれ、体の痛み、目の疲れ、動悸や息切れ、嘔吐など
③行動面
怒りやすい、泣く、仕事のミスの増加、飲酒量や喫煙量の増加、拒食・過食傾向、ひきこもりなど
このように、「ストレッサー」から「ストレス反応」が引き起こされる「ストレス」は、生きている限り誰もが日常生活の中で経験するものですが、心身への負荷や影響が大きくなり、つらさを伴うものです。
長い期間それが続くことで健康が損なわれるため、「ストレスマネジメント」(ストレス管理)を行ってストレス反応に対処し、心身の疾患の予防をしながら上手に付き合っていくことが大切です。
「ストレスマネジメント」(ストレス管理)
「現在の仕事に関することで強い不安や悩み、ストレスと感じる事柄がある」(厚労省2022(R4)年)と回答した人は、82.2%にのぼっています。
また、小中学生の不登校は約30万人(2022年)にも昇っています。(全クラスに1~2名平均)
子どもの頃から、多くのストレスにさらされている日本の社会では、小学生の頃から意識的に「ストレスマネジメント」の経験を積んでいくことが、心身の健康を将来にも保っていくことにつながります。
幼児期からセンシティブで何事にも動揺し易い子どもは、周囲からの支援もあって比較的早期から「ストレスマネジメント」の経験を積んでいる傾向にありますが、そうでないフツーの子どもに対しては見過ごされがちなのが気になるところです。
学校の保健指導で実践的な「ストレスマネジメント」の心理教育の授業を行う、親子で「ストレスマネジメント」を学ぶ機会をもつなどの対応が求められる状況です。
ストレスマネジメントの方法は、「モニタリング」と「コーピング」
ストレスマネジメントの方法は、自分のストレス反応に気づくための「セルフモニタリング」と、ストレッサーやストレス反応に対処する「ストレスコーピング」の2つに大きく分かれます。
「セルフモニタリング」(自分の状態を知る)
セルフモニタリングは、自分の心身の状態を客観的に見て把握することです。セルフモニタリングを日常生活の中に取り入れることは、ストレスマネジメントの第一歩となります。ストレスマネジメントは、自分の限界点を知っておき、自分の状態が限界点に達する前に対処を行うことです。その限界点の指標が「セルフモニタリング」になります。
①心理面・身体面・行動面の3つに前述のような「ストレス反応」が出ていないかをチェックをします。
②自分が陥りやすい傾向を把握します。(例:不眠や睡眠不足が3日続くと不調になりやすい、食欲の低下に最初に不調が現れる、頭痛が続くのが前兆など)
③自分の心身の状態をスコアリングします。(例:最高を100点、平常が50点、最低を0点として、点数よりも日々の推移に重点を置いてチェックしていく)
「ストレスコーピング」(対処)
コーピングとは、「対処する」という意味の英語です。ストレスコーピングとは、「ストレッサーに対処する」ことを示します。
ストレスコーピングの方法については、多くの立場から説明がされていますが、ここではごく一般的なものを紹介します。
ストレッサー対して直接向き合う前に、まず3つのコーピングを選択します。
①ストレッサーを「回避」する。
→立ち向かわず、避けて通る。逃げるが勝ち。という方法です。
②ストレッサーへの対処について誰かに助けてもらう。
→自分だけでなんとかする必要はありません。他人に助けてもらうのは、その人の高い能力です。
③ストレッサーと向き合った自分なりの対処をする。
→自分で直面化する対処を指します。以下a)~c)に方法を紹介します。
a) 問題に直接向き合って解決を図るコーピング
ストレッサーそのものに対処して問題解消を目指します。(例:仕事の量を減らす、勉強の方法や場所を変える、過ごしやすい部屋に引っ越す、人との距離を取るなど)
b) 考え方・ものの見方を変えるコーピング
自分の見る立ち位置や角度を変えてみて、ストレッサーへの自分の考え方や感じ方を変化させる対処を行います。(例:できることはやってきた、時間が経てば終わることだ、プラスの面を探そう、リフレーミングするなど)
c) 行動するコーピング
自分から行動して身体を動かすことで、気分をリラックスさせ、楽しいと感じる対処を行います。(例:休息や休養をとる、睡眠を十分にとる、音楽を聴く、公園で散歩する、ヨガやストレッチ、リラクセーション運動、美味しいものを食べる、誰か一緒にいてもらう、お風呂に入る、誰かに相談するなど)
「コーピング」は人間の【根っこ】であり、人生を豊かに過ごすための【持ち札】です
ストレスコーピングは、ひとつひとつは小さくても、たくさん持っていることが、毎日を楽しく過ごすことにつながります。生きていれば、ストレスは必ず毎日どこかにあるので、毎日コーピングを使い続けることで、ストレスへの対処能力(レジリエンス)の「バリエーション(持ち札)」アップを図っていけます。
そういう意味で、ストレスに対処する多彩な力(コーピング)を自分の中に育てることは、社会を生きる人間を支える「根を張る成長」であると言えます。
自らストレスマネジメント(ストレス管理)が行えることは、自分自身で心身の疾病を予防して、健康な社会生活を享受するための必須条件なのです。
「動じない強い精神力の持ち主」はPTSDになりやすいという研究結果
「ストレスマネジメント」を考える上で、注目すべき研究があります。
新型コロナウィルスのパンデミックにおけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の研究で、ベイラー大学の心理学と神経学のアニー・ギンティ(Annie T. Ginty)は、被験者のパンデミックの刺激に対する心拍数を測定する実験から、「冷静で何事にも動じない強い精神力の持ち主」(メンタル強め)は、PTSDになりやすく、「センシティブな人=HSP」(動揺しやすい小心者)はPTSDになりにくいという結果を得たと発表しました。
まだ推論の域ですが、敏感で繊細なセンシティブな人であるほど、子どもの頃から少しの刺激に動揺しながら「ストレスマネジメント」の経験を積み上げてきていることが、日頃からの訓練、経験になっている。その経験がレジリエンス(柔軟な回復力)を育て、大きなストレスがかかった時に役に立ち、PTSDになりにくい理由になっているのではないかということです。
日常では細かいことにクヨクヨせず「タフ」と言われることが「メンタルが強い」と錯覚されがちですが、そのような「冷静で動じない強い精神力」(世間的にはメンタル強めを自認)は、ストレスマネジメントの経験に乏しく、レジリエンスが弱いために、突然の強いストレスに対してポッキリ折れるような脆さが露呈することが証明された形です。
新型コロナのような疫病に限らず、人間の生存を脅かす出来事は、日常でもたくさん起こり得ます。多発する自然災害、世界を覆う戦禍、難民、飢餓。身近な所でも、交通事故や火災、殺人、自殺、性被害、周囲の人たちの突然の不幸など、トラウマ体験になる大きなストレッサーがいつ襲ってきても不思議ではない社会を私たちは生きています。
この社会の形成者である私たちは、ストレスに溢れる社会を柔軟に生き抜く術を、次世代に受け継ぐ使命があります。
変化に繊細に気づき、クヨクヨしながら、心身の変化をノーマライゼーション(ストレス反応として自然なことと捉える)に基づいて正しくモニタリングし、多様なコーピングを用いて健康度を保つことの大切さを伝えることが次世代を育てることになるのです。