世界一睡眠時間が短い日本人。小中学生の睡眠不足が問題になっています。
授業中の眠気、集中力不足、無気力、イライラ、頭痛や不眠、自律神経の失調など。
安定した睡眠リズムを司る体内時計が心身の健康を守ります。
規則正しい食事習慣と安定した睡眠がストレスから心身を守ります
厚労省「健康づくりのための睡眠ガイド(こども版2023)」では、以下の2点が提唱されています。
・小学生9~12時間、中学・高校生は8~10時間の睡眠時間を確保する。
・朝は太陽の光を浴びて、朝食をしっかり摂り、日中は運動をして、夜ふかしの習慣化を避ける。
人それぞれ適正な睡眠時間には個人差がありますが、厚労省が示した一般的な睡眠時間の指標を頭に置いておくことは大切です。
小学校に入学する頃から習い事や塾に通う子どもが増えて、放課後に自由に遊ぶ時間が減り、夕食の時間も遅くなりがちになります。
首都圏では4人に1人が中学受験をするご時世ですから、高学年になるにしたがって塾通いの日数も増え、拘束時間も長くなっています。子どもたちの生活のルーティンが増えて後ろの時間にズレ込んでいくことで、就寝時間も遅くなりがちです。
勉強が終わってすぐに機械のように寝るのではリラックスして就寝を迎えられません。子ども自身ものんびりする自由な時間を持ちたいのは当然です。
体内時計が狂っていく
体内時計は、起床時に日光が目に入ることで、自動的に就寝時間がセットされます。
一般的な小学生高学年で10時間の睡眠が必要だとすれば、起床が7:00とすると、就寝時間は前日の21:00(9:00)になります。
放課後に塾や習い事に行き、夕食後に宿題を1時間やるとして、お風呂に入ったり明日の学校の支度をしたりしていると僅かな自由時間しか持てません。リラックスして明日を迎えたいと思えば、必然的に後ろに1時間程度ズレることになります。
例えば、体内時計では起床時に夜9:00就寝がセットされていても、10:00就寝、9時間睡眠になります。このことで1時間の睡眠不足になります。
多くの子どもには、翌日に直ちに影響が出る訳ではありませんが、子どもによっては10時間睡眠を保たないと翌日、日中眠気に襲われたり体調不良を起こしたりしてしまう子どももいるので注意が必要です。
1時間の睡眠不足でも、毎日続けると体内時計の働きが悪くなり、交感神経と副交感神経の入れ替わりに不全が出はじめて自律神経の失調を起こすことがあります。
就寝時間が不定になり、朝なかなか起きにくくなったら、まず睡眠不足を疑ってみることです。
追い打ちをかける、世界一短い日本の成人の睡眠時間
経済協力開発機構(OECD)が世界の33カ国を対象に行った睡眠所間の調査(2021年版)では、日本人は7時間22分。各国平均の8時間28分より1時間以上短いという結果が出ています。(南アフリカ9時間13分。アメリカ8時間51分、欧米主要国は全体平均時間に比較的近い)厚労省は文化などの差はあるが、「日本人の睡眠時間は世界各国と比較して少ない」としていて、健康維持のために成人は最低でも6時間以上の睡眠をとることを提言しています。
世界平均8時間28分で考えると、大人の起床時間を7:00とすると、就寝は10:30くらいに就寝しなくてはいけません。しかし、日本人の成人平均では11:30就寝になります。厚労省の言う6時間以上の確保を考えると、最悪な日でも夜の12:00台には就寝することになります。どうでしょうか。日本人の感覚では10:30就寝は早いと感じている人も多いのではないでしょうか。
こういう日本の親の感覚が、おそらく子どもの就寝時間が後ろにズレ込むことを容認している要因のひとつです。世界のスタンダードでは、親子で7:00起床なら、小学生は9:00就寝、大人は10:30就寝となります。
さらに中学生になると、部活動の朝練、午後練、土日練習や試合・大会、塾、習い事などでフル回転している子どもは、起床6:00 就寝12:00 睡眠所間6時間くらいの子どもはザラにいそうです。皆がそうしているから、良いというものでもないと思います。
心身の健康を考え、ちょっと立ち止まって、親子で睡眠時間と睡眠のリズムを見直してみるのも良いのではないでしょうか。
「起立性調節障害」という睡眠リズムが不安定になる自律神経の病気に注意しましょう
「起立性調節障害」とは思春期に多い病気で、自律神経の失調で血管がうまく収縮せず、脳への血流が低下することで様々な体調不調が起こります。
主な症状は、朝起きられない、頭痛、腹痛、めまい、立ちくらみ、吐き気などです。朝起きられないので、遅刻が多くなったり不登校になったりすることもあります。
文字通り“起立”した時に症状が現れやすくなります。重症化すると、歩行が困難になり生活に支障をきたすこともあります。起立直後の強い血圧低下、頻脈、失神など様々な症状を示します。
体調不良から登校できなくなって病院に行って、「起立性調節障害」の診断を受ける子どもは増えています。
睡眠リズムが一定せず慢性的に睡眠不足、不規則な食事時間、運動不足、思春期のホルモンバランスの乱れ、新学年や学校の人間関係の不調のストレス、勉強や部活に追われているストレス状態が続くことなどが原因になるそうです。
治療や改善のポイントは服薬よりも以下の3ポイントの「生活改善」と言われています。
①運動する。 ②水分を摂る。 ③睡眠のリズムを整える。
日頃からの睡眠時間を中心とした生活リズムが不安定になることは、健康面のハイリスクになっていることを親子とも知っていく必要があります。
Rくんは、不登校になって1日24時間に睡眠リズムが合わなくなりました
中学生になって吹奏楽部に入部したRくんは、1年生の夏休み明けまで部活動、塾を両立させて、中学校生活を前向きに送っていました。吹奏楽部ではクラリネットを担当して練習を積んでいました。しかし、部活動で問題が起こりました。
Rくんは個人の練習では気がつきにくかったのですが、3年生が夏の大会で引退して、1、2年生の全員が合奏の練習に入った頃のことでした。Rくんが他の楽器の演奏に合わせてアンサンブルを作ることがとても苦手であることが発覚したのです。R君自身は合わせているつもりでも、顧問や他の部員には外れた音に聞こえます。演奏の練習中に顧問はRくんに何度も厳しく当たり、今まで何を練習してきたのかと叱責します。
Rくんは自分の練習が足りないと考え練習量を増やします。学校での午後練が終わり、塾に通い、帰宅後もそのことが頭から離れません。また明日も皆の足を引っ張ってしまう。いつもの就寝の時間を過ぎても深夜までRくんは指の動きの練習を続けました。
毎日の朝練も休まずに休日の練習も欠かさず頑張りました。でも顧問からの叱責はあまり減りませんでした。周りからの冷たい視線も強くなってきました。その度にRくんは深夜の練習量を増やしていきました。10月に入ると大会のメンバーには入れない2軍のグループに分けられました。それでも音楽が好きなRくんは諦めずに練習を続けていました。
10月末の大会前のある日、顧問から呼ばれました。「君のクラリネットで皆が迷惑している。退部してくれ。」顧問は、それだけをRくんに言いました。
突然、生活の支えを失ったショックでRくんは翌日から朝起きられなくなりました。過労の積み重ねの疲れが出て寝込み、しばらく学校を休みました。心配した母親が学校に行って相談しましたが、顧問は頑なにRくんの退部は譲りませんでした。
Rくんは起きられるようになっても抑うつ状態が続き、過眠と不眠を繰り返します。体内時計は1日24時間のサイクルを失い、25~26時間サイクルで不安定に回るようになり、毎日の生活時間が一定せず、後ろの時間にズレ込んでいきます。病院に通院・服薬などを続け、生活改善に努めて立ち直りをみせたのは1年後の中2の秋頃でした。
Rくんは、朝起きることは苦手でしたが、午後からの個人塾に通えるようになり、買い物や映画などにも出かけられるようになりました。でもそのまま中学校には復帰せず、自分の生活時間に合っているという理由で定時制の高校に入学しました。
中3の終わりごろに、今度は独りで楽しむためにやりたいと、ギターを習いに行くようになったと母親から訊きました。その時に、この子は本当に音楽が好きなんだなぁと感心しながら、ふと、あの吹奏楽部の子どもたちは、卒業後も音楽を続けていくかな、と思ったものでした。
日本人は時間を搾取されている
「蛍雪の功」蛍の光と雪明かりで貧しくても苦労して勉強する。「寝食を削って努力する。」など、寝る間も惜しんで勉強や仕事に打ち込むことが日本では美談になる文化があります。
「滅私奉公」、「欲しがりません、勝つまでは」、と個人を削って社会に貢献することが使命であると、すべての現代日本人が思っているとは思いませんが、少なくても勉強や仕事のために、個人のプライベートな時間や睡眠を削ることが「悪」とは考えない人の方が多いようです。
しかし多くの人々が心身の健康度が低下した社会を生きなくてはならないとしたら、日々の生活のストレスは増すばかりです。人が集う場所では常にトラブルや不快なことが起きやすく、大量の仕事や学習のノルマが課せられ、一日の時間の隙間を埋められていくことになります。個人の自由裁量の時間が搾取されていることすら無自覚になっていくのです。
実際に、低賃金、長時間労働、非正規雇用の増加など雇用者本位の労働条件を背景に今の日本社会が真逆な方向に進んでいるのは大きな問題です。
体内時計の大切さを見直して、お互いの健康を支えましょう
睡眠のリズムや睡眠時間の長さは個人差があると同時に、外的要因で生活時間が押されて、就寝時間がズレたり短くなったりすることがあった時の柔軟性や、直ぐに元に戻れるレジリエンスの差も大きくあります。
ロングスリープを確保しないといけないタイプの人は、睡眠時間が削られてしまうと翌日の活動に支障が生じやすくなります。また、比較的短い睡眠時間が合うタイプの人もいるので世界の平均値を強制できるものではありませんが、それぞれが自分に合った睡眠リズムをよく知っておくことが大切です。
それぞれの生活リズムを尊重できることが、低ストレスの生活を保障していく社会に繋がります。