子どもの「情緒の発達」の重要性
子どもの発達を見ていく時、私たちは以下4つの側面から見るのが一般的です。
①身体的発達(身体が大きくなる。運動機能が成長する。)
②認知・知覚の発達(視覚・聴覚などが成長して、自己の外界のことを理解する。)
③情緒の発達(感情が豊かに芽生え、自尊感情と他者への感情、自己抑制機能などが身につく。)
④社会性の発達(他者との関わり、コミュニケーション、遊び、ルール理解、仲間意識、他者への共感などを獲得する。)
一般的に、乳幼児期には、親(養育者)は①から④までを身近に世話をしながら子どもから敏感に感じ取って、注意深く育てていきます。
成長して、小学校に入学して児童期に入ると、徐々に子どもは自律的に行動するようになり、心理的な距離もできて親と過ごす時間も限られてきます。
中学校への進学が見えてくると、親としては子どもの身体成長、運動能力、学習能力については関心がむしろ高まる頃でしょう。でも、9歳ころから思春期に入っていくと、子どもが内面にどんな感情を抱きながら生活しているのかという「情緒の発達」は外からは見えにくくなってきます。
それが自我の発達する「思春期」です。内面の情緒の発達が他の3面を大きく支えながら、社会の中での自分らしい生き方の模索が始まるのです。
「情緒の発達」に欠かせない「愛着形成」
人間は産まれてからしばらく「快」「不快」の感情の中にいますが、特定の養育者(多くの場合は親)の世話を受けながら他者への親しみを感じるようになると言われています。「愛着形成」の始まりです。
「愛着」(アタッチメント)とは「特定の人と繋がる情緒的な絆」で、イギリスの精神科医のジョン・ボウルビィ(Bowlby)が1988に提唱した概念です。人はこの「愛着」によって自分が大切にされることで「自尊感情」をもつことができるのです。
また「愛着形成」は「安全基地」の機能をもつと言われています。
愛着障害支援の専門家の米澤好史は、更にそれを「安全基地」「安心基地」「探索基地」の機能に分けて実践的にわかりやすく解説しています。(2018)
①恐怖、不安、怒り、悲しみなどのネガティブな感情から守ってくれる存在を「安全基地」機能。
②落ち着く、ホッとする、楽しくなるなどのポジティブな感情を生じさせる存在を「安心基地」機能。
③基地から離れて基地に戻って経験したことを報告すると、経験から生まれるポジティブな感情を増やしてくれる(もっと嬉しくなる)、ネガティブな感情を減らしてくれる(なくしてくれる)存在を「探索基地」機能。
この三つの基地機能をもつ「愛着」の形成が、子どもの情緒を発達させていきます。米澤はその中でも、「安心基地」機能の形成が最重要としています。
自分を「愛される価値のある存在だ」と思えること
ホッとでき、自分を守ってくれて、外の環境に出て帰ってもほめてくれる「基地」という自分を信じてくれる他者の存在が「愛着」を子どもの内面に形作っていきます。「愛着」から生まれる「自尊感情」を「自分への信頼」と考えると、自他双方への信頼感は切り離せない相互的で一体のものであることがよくわかります。
子どもは思春期に入ると、それまでの「愛着」によって育まれた情緒によって、感情をコントロールし、他者の思いを想像して前向きに新しい人間関係を作りながら、自己のアイデンティティを統合して大人になっていきます。
人が、もし自分に「信じてもらう価値がない」「愛される価値がない」と思っていたら、他者との関係を築くことはできません。それは、どのような人間関係にも安心を感じることがないからです。そういう意味から、「愛着形成」は認知・行動・感情の、こころの発達の全般の基盤とも言えるのです。(米澤2022)
「愛着障害」とは
米澤は、「愛着障害」は「愛着」がきちんと形成されていない「関係性の障害」であり、情緒、感情が育っていない「感情発達の障害」であると言っています。
また、「愛着障害の3大特徴」として
①注目・アピール行動、試し行動を受け入れるほどエスカレートする「愛情欲求行動」
②自分に責任があることを認めない「自己防衛」
③自信がない自己否定や人に対して優位性を求める行動をする高揚感として現れる「自己評価の低さ」
以上の三つを挙げています。(2022)
行動面では、発達障害にも似た部分をもつので専門家の査定が必要ですが、「愛着障害」があることで外界の環境に不適応を起こすことは稀ではありません。
「愛着障害」の原因には、恒常的に情緒欲求が満たされない環境、特定の養育者がいない、十分に関われない環境、しっかりした関わりがあっても養育者がその子の特性や特徴と相性が悪い場合などが考えられます。
しかし「発達障害」が先天的な障害であることに対して、「愛着障害」は後天的な障害です。それゆえに、支援に「三つの基地」(安全・安心・探索)を作って「愛着形成」をし直していくことで「愛着障害」の改善に繋がっていくことが証明されています。
この「愛着障害」の支援の視点がすべての支援のベースに置かれることが望まれます。
不登校の立ち直りは、「リカバリー(recovery)」より「リニューアル(renewal)」を目指す
例えば、不登校の立ち直りのための支援を考えてみましょう。
原因は、ケースバイケースで不登校の数だけあるとしても、「愛着形成」を基盤にした支援の必要性はどのケースにもあると思われます。特定の信頼できる支援者がいて、安全、安心、探索の基地になり「愛着形成」の関係性がなくては、なかなか立ち直りには結びつかないでしょう。
「リカバリー(recovery)」は、取り戻す、回復、復旧などの意味を持ちます。一方、「リニューアル(renewal)」は、再生、刷新、改装、新しくするなどの意味です。
不登校支援は、学校も親も「リカバリー」を焦る傾向があります。しかし、冷静に考えれば、不適応を元に戻すと再び不適応を起こしやすく、不適応から学んで新しくやり直せば次の不適応は起こしにくくなるのは道理です。そこには大きな価値観の変更があるからです。それに踏み込めるかどうかは、やはり周囲との「愛着」関係の有無が関わってきます。
今までの自分を振り返り、新しく一歩を踏み出すためには、いつも自分を安心させてくれる支援者の存在が必要です。ありのままの自分を受け入れ、これからの変化をポジティブに受け入れてくれる存在です。そのような「愛着形成」によって育まれた「自尊感情」が、子どもを自ら「リニューアル」に導いていくのです。
最後に、参考資料として<不登校からの立ち直りのステップ> を紹介しておきます。どこに「愛着」が関わってくるのかを想像しながら読んでみてください。
<不登校からの立ち直りのステップ>
(滝川一廣「子どものための精神医学」より,2017)
1、家の中で子どもの気持ちが安定してきている。
2、家族の気持ちも安定してきている。
3、学校も子どもに関心をもちつつ見守ってくれている。
4、子どもの生活にリズムが出てくる。
5、子どもの生活リズムと家族の生活リズムの波長があってくる。
6、子どもが家の中で能動感をもってやれること、楽しめることを見つけている。
7、遊びや趣味を楽しむだけでなく、ちょっとした家の用事や手伝いもするようになる。
8、子どもの興味や関心が、家の外の世界にも伸びはじめる。
9、これからどうしたいのか、学校をどうするのか、将来の方向といったテーマについても、子どもが自分なりに考えてみたり、話し合ったりできるようになってくる。
10、子どもや家族が先の見通しが開けつつある実感をもちはじめる。
11 、先の見通しに向けての具体的な現実模索がはじまる。