リフレーミング(reframing)してみよう

~「リフレーミング」は心理学の家族療法の技法で、これまでと異なる角度からのアプローチ、視点の変化、別の焦点化、解釈の変更という「フレーム」の架け替えによって、同じ「絵(状況)」でも違った見え方になり、自分や相手の生き方の健康度を上げていくことを言います。この能力は誰しも潜在的にもっていると考えられています。 これから私が書いていくことは、ジャンルを超えて多岐に渡ることになりますが、自分の潜在能力を使って、いま私たちの目の前にあること、起こっていることの真実に少しずつ近づいていけたらと思っています。

発達障害の二次障害の深刻さ

発達障害は先天的ですが、二次障害は障害ゆえに社会が負わせた後天的な傷です。

社会の無理解と不寛容が主な原因です。

Yくんの過酷すぎる二次障害(実際のケースを変えて書いています。)

ASDの診断と不登校・父親の叱責

 地域療育で小学校低学年時にASD自閉症スペクトラム障害)の診断を受けたYくんは、進級するに従って、同級生たちと過ごす学校生活に苦痛を感じはじめていました。

 自分が何か言うたびに浮いていく。皆の雰囲気が読めずに会話に入れない。親しい友人関係も続かず苦しんでいました。高学年になると学校の欠席が増えていきました。

 丁度その頃が仕事のトラブルでうつ病になった父親が家で静養している時と重なりました。不登校になったYくんに対して、父親は学校に行けと罵倒して手をあげるようになります。Yくんは自分の頭を壁に打ちつけ、抑うつ状態に陥って体調を崩して自室にひきこもるようになったのです。

 しかし母親の努力もあって、通院しながら徐々に落ち着きを取り戻し、5年生の終わりころ学校の勧めで適応指導教室に通えるようになり、少しずつ元気を取り戻しました。

中学への入学と友人の裏切り

 中学校に入学を機会にYくんは登校するようになりました。

 同級生と話を合わせることは難しいことでしたが、集団生活に自分から入っていき、日頃から一緒に過ごしてくれるMくんたちの仲間の中で過ごせるようになります。Yくんは順調に中学校生活をスタートさせました。しかし間もなく6月の宿泊行事で、Yくんは信頼を寄せていた友人に裏切られるのです。

 

 宿泊の二日目の帰りの準備をし始めた時です。同部屋の皆が申し合わせてYくんのペンケースをカバンの中から勝手に取って隠しました。帰りの支度をし始めたYくんはペンケースがカバンにないことに気がつきます。朝の係会議で栞と一緒に部屋に持ち帰って、カバンに放り込んで、その日の活動前に皆が始めていたカードゲームに参加したのです。

 帰りの出発の時間が迫る中、ひとつひとつ確認するために準備や支度にとても時間がかかるYくんは慌てます。今朝一刻も早く皆のカードゲームに参加することばかりに気がとられていて、ペンケースをカバンに入れたはっきりした記憶がないのです。部屋中を探し回り、部屋を飛び出して係会議をやっていた部屋に行きましたが既にカギがかかっています。「どうしたの?」と訊かれても、やってしまった自分への焦りばかりでパニックで真っ青になって誰にも言えずに探し続けました。

 涙がこぼれて諦めかけたとき、日頃からYくんの特性をよく知っているMくんが笑いながら「これじゃない」とテーブルの下に転がっているペンケースを指さしました。その瞬間、Yくんはすべてが理解できたのです。慌てふためく自分がペンケースを探し回る姿を部屋の皆が眺めて嘲笑していたことを。それがYくんの特性を一番知り、信頼を寄せていたMくんの仕業であることも。

 

 帰宅後の翌日からYくんは体調を崩して部屋から出られず、再び学校に行けなくなりました。事情を知ったお母さんは担任と話をしましたが、Mくんたちには指導をしましたというだけで、直接の謝罪もないままになりました。

 抑うつ状態で不眠になり、親に当たり散らして荒れるYくんと父親が激しい口論をするようになります。ある日、自分に手をあげる父親にYくんは包丁を手に取って向けました。母親は警察を呼びました。

 その時からYくんは、学校では「人間関係のトラウマを抱えた不登校生徒」から「何をしでかすかわからない危ない問題生徒」になり、漸く注目を浴びるようになったのです。

家庭の崩壊と再起の高校進学

 再びYくんは落ち込む日が増え、両親との接触を避ける昼夜逆転の日々を送るようになります。両親は離婚して父親は家を出ていきます。

 

 中学2年生になったある日、Yくんが小学校の時に通室していた適応指導教室に通いたいと母親と一緒に相談に訪れました。Yくんは長く引きこもっていたことがすぐにわかるほど不健康で青白い、別人のような顔つきでした。

 そして、第一声「この人、外に出してもらっていいですか?一緒には話せないので」と、Yくんと同様にやつれ切った老人のような顔立ちになった母親を目で指しながら私に言いました。母親には部屋を出てもらってYくんと話をしました。

 

「夜中の静かな時だけ落ち着けるのでその時間に本を読んでます。昼間少し寝て、ゲームして、母親に部屋に入られないように。でも、このままずっと家にいるのもダメかなと思って、外に出ようかなって、それで僕みたいな人間で悪いんですけど、また適応に行けたらと思ってます。小学校の時は楽しかったんで。」

私は、私から見えていた小学生のYくんの活動の様子を話しました。

「Yくんは、周りにとても良い影響を与える明るい子だったよね。」

実際に、小学生のYくんは周りに溶け込もうとしてハイテンションでしたが、明るく自分をさらけ出してふざけたり大笑いをしたりして過ごしていました。それが、適応指導教室では自分をなかなか出せないでいる周りの子たちに「自分を出しても大丈夫かな」と思わせる良い影響を与えていたことをYくんに伝えました。実際にYくんのお陰で自分を出せるようになった子どもが多くいました。

「それは、全然知りませんでした。」Yくんは驚いたように言いました。そして少し間を置いて、「でも僕は、オセロとルービックキューブがちょっとできるだけのアスペですよ。」と吐き捨てるように言いました。

「(適応には)昼間来られそう?」

「その日は寝ないで来るんで、大丈夫ですよ。」

 Yくんは約束通り、活動がある日は殆ど休むことなく活動に参加しました。小学校の時よりも悪ふざけや大人に対するお試し行動が多くなり、支援側が難儀する場面もあったようでしたが、休日に外で会って遊ぶような友人もできたと聞きました。

 そんな日が続き、Yくんは学校の期待どおり卒業まで登校しませんでしたが、我々の心配予想を裏切って?中3では図書館に通って勉強するまでに回復し定時制高校に進みました。

 

 卒業後のある日、高校生になったYくんが適応の相談室に寄って顔を見せてくれました。

笑いながら、本人曰く「高校行ってますよフツーに、この僕が。フツーの高校生やってます。」

「フツーの高校生って?」と訊くと、

「授業に出て、帰りに友達とマックに行くとか、それがフツーかな。」

わざと自虐的に言って見せているのがわかって、お互いに苦笑しました。

 その後のYくんの噂は耳にしませんでしたが、彼のお陰で「フツー」って何だろうと考えさせられました。Yくん「フツー」ってそんなものなんだね。

「フツー」であることが大した意味がないことを知ったYくん

 Yくんは「フツー」でない自分に苦しみ続けました。多くの「フツー」の人たちに合わせ、馴染むように努力し、最後に「フツー」になれないことを思い知らされます。「フツー」の人が「フツー」でいられる理由はそれが正しいからではなく多数派だからです。それ以上の答えはありません。

 多数派は、少数派のありのままを受け入れずに、多数派に合わせることを意識的に無意識的に少数派に求めます。「フツー」になりなさい。あなたは努力して「フツー」にならなくてはなりません。そうでなくては「我々の社会」では生きていけませんよと。

 実際に就職の場面では「社交性がない」「コミュニケーション能力がない」と不採用になることがあります。でもそれは多数派の「社交性」や「コミュニケーション」でしかありません。実際に、定型発達同士、ASDの人同士は共感性が高くなるという実証もあるそうです。

ASDから見える多数派のフツーの人たちの姿とは

 ASDの診断を受けた女性の皮肉が込めて、ASDの人から見た定型発達の人の姿を描いた姿を紹介します。非ASDには「定型発達症候群」( Neurotypical Syndrome)と命名されています。

 

「定型発達症候群とは、生物学的な障害で、対人関係への没頭、優越性の妄想、周囲との協調への固執を特徴とする。自分の経験が唯一正しいものと考えがちである。一人でいることが困難で、他者との細かな違いに不寛容である。特に集団でいる時に柔軟性がなく、直接的なコミュニケーションが苦手で、ASDの人よりも多くの嘘をつく。悲劇的なことに、1万人中9625人が定型発達症候群である可能性がある。」

 

 ここからわかるのは、ASDは少数派で定型発達は多数派というだけで、多数派は常に多数であることに「正しさ」という名前を付けて安心していたいということです。

多数派は思考停止している

 「自分は多様性を認めている」と言葉で言っていても、「フツー」であることが良くて「フツー」でないことが悪いという二択思考から解放されていない人は、本当の多様性の理解できません。思考停止しているからです。

 多数派が、自らの多数派であることの優越性に固執するほど少数派へ差別感情や偏見は高まり、少数派の人たちは社会での居場所を失って追い詰められていきます。特性を理解されず、生きづらさを更に鞭打たれることで、身体症状・精神症状・不登校・ひきこもり・自傷・暴力など、発達障害の二次障害は止めどなく発生していきます。

 世の中で起こることのすべて、人の複雑な気持ち、日々の天候に至るまで、物事は多くの要因が重なりあって今、目の前にあります。同じものは二つとなく、みな違っています。そこに偶然ある物事はすべて異なった重層的要因で存在し、一定せず曖昧であるが故にリアリティがあります。矛盾に満ち、あらゆるものが相対化されているのが世界です。みな定型ではなく非定型で曖昧なものです。ひとつひとつのことに向き合って自分の頭で考えなくては、理解は遠のくばかりです。

 多数派の定義・定型の鋳型に従い、多数派の正しさだけを何も考えずに共有して生きることは、現実に目を背けた不寛容な生き方なのです。

 

 息子が「フツー」に学校に行かない怒りで手をあげた父親の身勝手さと、Yくんの特性を嘲笑して連帯感を確かめたMくんの卑劣さが、Yくんの「二次障害」の傷つきを更に深く抉っていったのです。