私たちには、日常的に生死に関わるような「トラウマ体験」に出会う可能性があります
家庭、学校や職場の生活、通勤通学時、買い物や日常的な付き合いでの外出、旅行時など日々繰り返される生活で、私たちは突然に様々な過酷な出来事や状況に遭遇することがあります。
家族や友人、同級生、同僚などの死、火災や自然災害、交通事故、爆発や倒壊事故、暴力や傷害などの犯罪被害、停電でエレベーターなどに閉じ込められる・・・ちょっと考えるだけでも、「今日も平穏に過ごせますように」と祈りたくなるほど多くの、生死に関わるような恐ろしい「トラウマ(心的外傷)体験」の危機を孕んだ日々を送っています。
自然災害への備えや火災の予防などは、ある程度までは想定して行うことができますが、人の生死に関わる出来事や、命に関わる事故などの突然の危機の回避は簡単なことではありません。それでも、比較的起こる可能性が高い危機を想定し、遭遇した時に備えて、「急性ストレス障害」になった自分をどう守っていくのか、その対処方法の原則を予め知っておくことは大切なことです。
また、虐待やDV、いじめ、ハラスメントなどの長期に渡る過酷な体験や、戦争や大災害に巻き込まれた場合は更に深刻な「急性ストレス障害」を発症しますが、自然治癒の可能性が低く、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になる可能性が高いために、できるだけ早期からの医療ケアとカウンセリングの継続が必要です。
「急性ストレス障害」とは
「急性ストレス障害」の主な症状(反応)は、以下の4点です。
1,人の生死や人間の尊厳に関わるような恐ろしいトラウマ(心的外傷)体験を、その後に生々しくはっきりと思い出す追体験(フラッシュバック)、繰り返しそれに関連した悪夢を見る
2,なかなか眠れないほどの過覚醒状態が続く
3,トラウマ体験に関連している事柄や場所を回避する
4、否定的な感情・認知(強い罪悪感や自責)に陥る、などの症状が現れる
他に症状としては、抑うつ状態、
肯定的感情(満足感、愛情など)が感じられない、
日常の現実感の喪失、
時間の感覚の変容、
トラウマの出来事の記憶の脱落・健忘、
意識が飛ぶような解離、
睡眠障害(不眠・過眠)、
怒りの感情が高ぶる易怒性の高まり、
集中力の低下、
大きな音などに過剰に反応する(驚愕反応)などを伴うこともあります。
症状はPTSDと同様に過酷で重症ですが、健康度の保たれた日常生活やセルフケアによって、数日から約一カ月程度で、症状が改善し自然治癒する一過性の障害です。
それ以降も長期にわたって上記の症状が継続し、体調不良などが続いている場合には、さらに重症化した「PTSD:Post Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)」と診断されます。
また、トラウマ体験後に「急性ストレス障害」を発症しなかった場合でも、一か月から1年以上経ってから不調が現れ、症状によっては「PTSD」と診断されることもあります。
「トラウマ体験」の傷つきは、人によって様々です
「急性ストレス障害」は、「人の生死や人間の尊厳に関わるトラウマ」によると診断上の規定がありますが、私たちは学校や職場での日常の出来事でも、それに似た症状を発症します。
それぞれの人がそれまで生きてきた様々な経験や持って生まれた特性によって痛みの感じ方は異なります。他人には取るに足らないことでも、自分にとっては深く心に傷を負ってしまうほどの体験であることがあります。
日頃の人間関係の中での行き違いや衝突、心無い一言などで、私たちはひどく落ち込むことがあります。また、家庭やプライベートでも夫婦や親子きょうだいの確執や、失恋など、心が折れるような経験もあるでしょう。
これらのことも、傷の深さの程度の差こそあれ心の外傷体験(トラウマ体験)であることには変わりありません。
そんなストレスが満載の日常でも、私たちは日々気持ちを何とか切り替えて、学校や職場に通いルーティンをこなしていることが多いと思いますが、心的外傷の深さによっては「急性ストレス障害」と同じような症状を発症することもあります。
トラウマ体験を思い出し、眠れなくなり、体調を崩して学校や職場を休み、そんなメンタルの弱い自分が価値のない存在に思えてくる。そんな経験をした人もいるでしょう。もちろん、時間が経つごとに徐々に自然に回復することの方が多いのですが、心の傷が完全に癒えて消えてしまうことはありません。必ず傷跡は意識・無意識を問わず残るのです。
「鋼(はがね)のメンタル」よりも、「柔軟性のあるメンタル」を育てましょう
誰しも、その後も長く生きていると、またその傷を思い出すような出来事に遭遇しないとは言い切れません。その時に昔の傷跡が疼き始めてしまうかもしれません。それを考えると、どんな小さな心の傷であっても、放置せずにその時々に丁寧に対処しておく経験を積み重ねることが必要であることがわかります。
心の傷の痛みを我慢して平然と振舞うことが、メンタルの強さを示しているかのような勘違いが世の中にはあります。症状を発症しない「鋼(はがね)」のような強いメンタルをアピールしている人たちはどこの職場や学校にもいると思います。
しかし、メンタルの本当の強さは、「鋼(はがね)」のような硬さではなく、「水」のように柔軟であることなのです。
ストレスは、鋼の硬さで弾き返してしまうものではなく、苦しくても少しずつ向き合い、時間をかけて「水のような柔軟性」を身につけながら回復していくことが大切です。
それは、ストレスの正体やその時の自分の状態を見つめていくことが、その後のストレスへの対応に生きてくるからです。「鋼のメンタル」など、役に立たないその場しのぎの強がりでしかないのです。
→ 次回(その2)「急性ストレス障害」のケアと回復、に続きます。