前回から引き続き新聞記事「若者とオーバードーズ/下」の紹介と、今の学校での事例をみていきます
(毎日新聞2025/2/7~8付、くらしナビの記事から 以下記事の紹介)
若者とオーバードーズ/下 国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長 松本俊彦さんに聞く

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さん
「依存の背景に目向けて」
若者の間で広がる市販薬の過剰摂取(オーバードーズ、OD )。国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市)薬物依存研究部長で、精神科医の松本俊彦さんに周囲にできることなどを聞いた。
「つらさにふた」
松本さんは、薬物乱用防止と自殺予防の教育を同時に行わなければならないと考えている。ODをしている子の多くは普段から『消えたい』『いなくなりたい』と思っている自殺のハイリスク予備軍だからです」
自傷行為としてODを始め、つらい現実から逃れるために繰り返す。そしていつの間にか、ODをしないと日々のルーティンをこなせなくなっていく――。実際、幼少期から親との関係に悩み、高校1年時にOD を始めた都内在住の20代女性は毎日新聞の取材に「薬がなければ現実逃避ができず、つらいことに直面したときに命を絶ってしまったかもしれない」と語っている。
一方で、的外れな対策をとる学校もあるという。「最近、ある高校がODを校則で禁止したという話を耳にしました。停学や退学のリスクがあればODで悩んでいる子や、その子を助けたい友達は誰にも相談できなくなる。学校や地域は、果たして安心してSOSを出せる場所になれているのでしょうか」
松本さんはそう問いかけたうえで、「頭ごなしに否定された子どもたちは、ますます孤立してしまう。『ダメ。ゼッタイ。』ではなく、当事者が依存に至る背景に関心を向けるべきだ」と呼び掛ける。
松本さんによると、薬物などの依存症に至る背景には、
- 否定される関係
- 支配される関係
- 本当のことを言えない関係―というゆがんだ人間関係があることが多い。
例えば、親から否定ばかりされる子どもは、「自分はダメな人間なんだ」「いないほうがいい存在なんだ」といった感情を強く抱くようになる。「次第に本音が言えなくなり、嫌なことがあっても一人でため込んでしまう。つらさにふたをするものとして、アルコールや薬物が役に立ってしまうのです」
【千脇康平、写真も】

周囲はどう接する?
松本さんは当事者の家族、友達、学校の先生に向けて次のようなアドバイスを送る。
◇家族
心配のあまり感情的になってしまうのは致し方ない面もありますが、怒鳴ってしまえば本人はますます口を閉ざしてしまいます。不在のときに本人の部屋に入って薬を探したりすることはもってのほかでしょう。
「薬があなたにとって、どんな役にたっているの?」
「最近、前よりも量が増えているみたいだね。何かあったの?」
良い悪いはひとまず脇に置いて、そんなふうに語りかけてみてはどうでしょうか。保健所や精神保健福祉センターなどにサポートを仰ぎ、子どもと落ち着いて話ができるようになってほしいと思います。
◇友達
ODは決していいことではないけれど、「キモい」とか「メンヘラ」(メンタルヘルスに問題を抱える人を指すネットスラング)などと言って当事者と距離を置かないでください。
OD をしなければ、みんなと同じように生活できない状態の子がいると考えてあげて欲しいのです。
「一緒にスクールカウンセラーの先生のところに行かない?」
「保健室の先生に相談してみない?」
そんなふうに声をかけ、信頼できる大人につなげてあげてください。
◇学校の先生
依存性のある成分を含む薬の服用を急にストップすると、「離脱症状」で気分が落ち込み、かえって自殺のリスクを高めてしまう恐れがあります。
頭ごなしに「今すぐやめろ」と否定するのではなく、「医師に相談し、ちょっとずつ減らしながら解決したほうがいい」などと促してあげてください。
(以上新聞記事から)

いま学校現場では
これまで市販薬のODは多くは高校生年齢以降の若者の間で、危険ドラッグに代わって拡がりを見せていましたが、コロナ禍以降、小中学校でも広がりをみせ、大きな問題になってきています。
学校では、最近は「リストカット」に対しては子どもの将来的なリスクが理解され、「やめなさい」という強い指導は影を潜め、「死にたい」と希死念慮を口にする子どもに対するのと同じように、直ぐにやめさせることよりも、そうなっている子どもの気持ちや状況に慎重に向き合う「ケア」を優先させる雰囲気が徐々に形成されてきています。
しかしODについては、この記事にも書かれているように、命に関わる自傷行為や薬物依存症へのリスクがあるにも関わらず、どうしてODをするに至ったのかを、子どもから丁寧に訊きとることなく、問題行動として問答無用で直ぐに「止めさせる指導」をするという考えが根強くあります。この国の大麻や覚醒剤への犯罪としての長年の扱いが影響していると考えられます。

ある中学校では、以前から精神的に不安定で不登校傾向を示していた3年生女子がODをしたことが発覚し、コロナ明けでそれが修学旅行の直前であったこともあり、教員たちの話し合いは「この生徒を修学旅行に連れていくかどうか」に終始したそうです。
子どもに対しては専らODをやめることを指導して、ODに至った気持ちを聞き取ることはありませんでした。子どもへのケアについても話題に上らなかったのは言うまでもありません。
学校側は、修学旅行は親がついていき、問題が起これば直ぐに連れて帰ってもらうことを参加の条件であることを一方的に親子に通知しましたが、子どもは結局不参加を選びました。
学校には「大事な修学旅行前に面倒くさい問題行動を起こしてくれたもんだ」というその生徒に対する怒りの雰囲気が教員間に充満していたために、スクールカウンセラーからの面接につなげる要望も聞き入れられず、学校からのケアを受けられないまま、その子は不調を抱えながら卒業したそうです。
すべてのODのケースがこのような扱いを受けている訳ではありませんが、学校ではODに対して、まず「薬を取り上げてバカなことを止めさせる」という指導が優先しがちです。
これでは、子どもは否定と叱責の中で反省を求められ、もうやらないと約束させられるだけで、ODに至る苦しさを受け止めてもらうことはできずに孤立感を深めていきます。
その子どもを本気で心配するならば、「なぜODをしてしまうのか」、「その子どもにはどんな苦しみがあるのか」を少しでも理解していくために、「まず子どもの気持ちを訊いてみる」という「第一歩」を踏める学校になっていくことが重要です。
それと同時に日頃からODが広がっている学校を取り巻く社会背景を知り、ODをした子どもへの具体的な対応やケアについての理解を深めることで、ODへの偏見に基づく問答無用の「禁止指導」を払拭していくことが求められています。
