前回、(その1)では、コロナ禍後の学校の置かれている厳しい現状について触れました
特に「子どもの自殺の増加」に焦点化したのは、子どもが苦しさを抱えて誰にも助けを求められない状況の拡がりに強い危機感があるためです
今回は、現在行われている学校の取り組みと課題を具体的に紹介します

子どもの状態を「見たて」、子どもを理解し、子どもとつながる関係性が、子どもの居場所をつくる
現在の小中学校で、SC(スクールカウンセラー)が支援しているケースの主訴は、主に以下のようなものです。
不登校、集団になじめない、発達特性、学習不振、人間関係トラブル、暴力暴言、いじめ加害、いじめ被害、虐待、自傷行為(リスカ・アムカ、首絞めなど)、OD(オーバードーズ)、希死念慮、自殺未遂、精神疾患(統合失調症、摂食障害、うつ病など)、選択制緘黙、虚言、カンニング、窃盗、演技的行動、性加害、性被害、校内での逸脱行為(エスケープ、授業妨害など)・・・・・
様々な課題や問題行動のある子どもたちが次々にSCの面接にやってきます。
同じ主訴であっても、ひとりひとりが皆違う人間であるのと同様、原因や状況は単一、一過性のものから、重層的に積み上げられた複雑なものまでケースごとに異なり、一般化して語れるものではありません。
SCは、子どもや保護者、担任から話を丁寧に聴きとり、情報を集め、子どもの状態を見たて、今後の支援デザインを教員と考えていきます。
現在の学校では、日々の教員による子どもへの対応を、SCのコンサルテーションが支え、ケースによってSCが子どもや保護者を直接支える面接も併行して行う形の支援が主に行われています。また、支援会議によって要支援の学校全体の子どもの情報共有を行います。
学校間格差はまだ大きいですが、ひと昔前に比べれば、子どもの上辺の行動だけを見て判断する対応から、次第に子どもの行動の裏の、起こるべくして起きる理由に重きを置いた対応がされるようになり、子ども個々の特性への配慮も尊重されるようになってきています。また、療育や医療、他の相談機関との関わりなども重要な情報になっています。
このように地道に子どもを理解しながら関係性を深めていく「つながる支援」の実践が、学校が子どもにとって安心できる居場所になる第一歩になります。

潜在的ニーズをどう掘り起こすか
しかし、このような視点での支援体制がどの学校でも機能しているかといえばそうではありません。システムはあっても実質的に動かせる教員が不足していたり、全体の支援に対する意識が低かったり、教員間の人間関係の問題があったりして、機能していく雰囲気がない学校もあります。その傾向としては、SCの面接枠に相談が入っても、単発で継続的につながらないケースが増えていきます。
また、逆にそれなりに支援体制が機能している学校では、コロナ禍後に一気に増えたケースにSCの面接枠が殆ど埋まっていて、教員も要配慮の子どもを何人も抱えているという手一杯の学校が多くみられます。
裏を返せば、苦しさを抱えていても黙って耐えている子どもを見つけていく余裕はなくなっているということです。
この現実を見るにつけ、問題や課題を見える形で行動に表したり、相談につながったりできる子どもや親は、学校にとって問題が見えやすい「ありがたい」存在なのだとわかります。
今ある「つながり」を大事にしながら、更に潜在的な要配慮の子どもをどう見つけていくかが大きな課題になっています。

相談者の自主性(相談する意味)を尊重した「つながる支援」
現在、学校によっては、定期的に子どもに書いてもらう「生活アンケート」や「健康チェック」などを基に、不調な子どもや相談希望がある子ども、要支援と思われる子どもをスクリーニングして支援会議などで洗い出し、教育相談やSCの面接につなげる取り組みを始めているところもあります。
教育委員会が推進している場合や、学校独自で行っている場合もありますが、実際に行った学校では、アンケートなどを基に声をかけた子どもの1~2割程度が、それをきっかけにSCなどの継続相談につながっています。
また、相談につながってはいなくても、「いつでも相談できるよ」と声をかけたことで、担任との関係性が良好になったケースもあります。
このことは、不調や不安、苦しさを抱えていても、自分の存在を気にかける大人がいないと感じている子どもにとっては、大人が声をかけて「気にかける」「少しの変化に気づく」「出したサインにフィードバックする」ということ自体が、既に「つながる支援」になっているという事実を示しています。

「つながる支援」の「きっかけ」づくりの努力は、学校での相談活動の推進のための大切なポイントです。
相談できる内容、相談日、SCの紹介などの広報活動や、教員からの日頃からの相談への呼びかけは多くの学校で行われています。
さらに担任・養護教諭らからの個々への声掛けや、一例に挙げたアンケートからの掘り起こし、SCの勤務日の昼休みの相談室の開放などの地道な積み重ねが、子どもの相談への主体性を刺激し、働きかけていきます。
教員の「指導のための面談」と異なり、「相談」は相談者自身が「相談する意味」を感じなければ成立しません。「相談を受ける側」には、それなりの見通しや目標が必要ではありますが、「相談」そのものの意味を決めるのは「相談者自身」なのです。

「来談すること」の持つ意味と、これからの学校の役割
SCに子どもとの面接の様子を訊くと、毎回時間一杯を使って話し合いをしているSCは少なく、前回面接から今日までの生活や体調などの質問の後は、前半では、本人が話したいことを中心に話を訊いたり、課題の解決に向けた相談をしたりして、後半は子どもの好きな趣味の雑談をしたり、カードゲームで遊んだりしてリラックスして過ごすようにしていることが多くみられます。これは相談でも、ホッとできる時間や安心を子どもに提供するための配慮です。
相談の利用の仕方にも、子どもの個性があります。
教室に入れなくても、SCの面接だけは登校してくる子どもがいます。
自分からはあまり話さず、時々親の話や進学の不安を口にする程度で、主に今日の自分の気分を「絵」に描いて帰る子もいます。
特に何を相談するでもなく、話していても楽しそうにも見えなくても、次回の面接予約は必ず入れて帰り、次回も忘れずに来る子どももいます。
それまではなかった日常に、自分の意志で決まった時間に「相談」に訪れる(来談する)という「行動」を定着させることは、その子どもの生活にとっては大きな変化です。
前日には心構えをして、当日は準備して家を出て学校に行って、相談を終えて家に帰る。その意味は、すぐには判然としていなくても、「変化した」という自分の中の「一歩」の事実は揺るぎません。
それがSCであれ、教員であれ、その一歩を「勇気あること」と思い、そのことを見守り、大事にしてくれる大人に出会えるかどうかで、子どものその後の人生に変化をもたらす可能性さえあります。

現代は家庭の個別化も定着し、外へのつながりが薄い家庭の子どもたちの居場所は、意図的に作らなければ、地域社会が当たり前にあった頃のように自然にできていくことはありません。「学校」の集団の質も当然変わってきています。
これからの「学校」には、子どもとしっかり「つながる」大人が必要です。自分の存在の確かさを感じられる学校であれば、子どもとつながった大人が媒体となって、子ども同士のつながりも広げていくことができます。
子どもが苦しい時にこそ、学校の信頼できる関係性が子どもを支え、助けていくのです。
