リフレーミング(reframing)してみよう

~「リフレーミング」は心理学の家族療法の技法で、これまでと異なる角度からのアプローチ、視点の変化、別の焦点化、解釈の変更という「フレーム」の架け替えによって、同じ「絵(状況)」でも違った見え方になり、自分や相手の生き方の健康度を上げていくことを言います。この能力は誰しも潜在的にもっていると考えられています。 これから私が書いていくことは、ジャンルを超えて多岐に渡ることになりますが、自分の潜在能力を使って、いま私たちの目の前にあること、起こっていることの真実に少しずつ近づいていけたらと思っています。

学校のブラックボックス(その1)「性被害」~社会の意識の低さが二次被害を生んでいます

多くの子どもの課題を抱える学校で、表面に出にくい問題がいくつかあります。

それは、日本社会のもつ課題が、学校に映し出されている問題でもあります。

(その1)では「性被害」を取り上げ、学校の実情と、今年5月の横浜市教委の「元管理職による性加害裁判」の傍聴妨害事件を考えます。

今、学校で増える「不登校」のケースの後ろに見えるもの

 「不登校」30万人と言われる中、今、多くの小中学校のスクールカウンセラーが担当するケースは「不登校」が最も多くなっています。しかし、主訴が「不登校」でも、子どもの状況は様々で、単純な「登校」という解決では子どもの本質を見誤ってしまいます。

 それぞれの「不登校」や「登校渋り」の原因を辿っていくと、集団生活の苦手や友人とのトラブル、いじめや嫌がらせ、学習不振、教員の指導など学校そのものへの不適応だけに留まりません。

 必ずしも不登校ではなく学校には適応的に見えても、不定期な欠席や遅刻や早退、頻繁な宿題や提出物の忘れ物、服装や髪の汚れ、手当がされていない傷痕などから、家庭の養育環境の問題が発覚することもあります。ネグレクト、虐待、両親のDV、ヤングケアラー問題などが、現在多くの子どもたちが健康に生きるエネルギーを奪っています。

 また、ひとりの子どもに学校と家庭の問題が重複しているケースも多く、子ども自身が精神的に追い詰められる状況にあることも珍しくはありません。

 実際には、一時保護が可能な児童相談所などの外部機関や、精神疾患を伴うケースでは医療機関と連携するケースも多くあります。厳しい状況の中で、居場所をなくした子どもたちが犯罪に巻き込まれたり、自ら暴力や窃盗事件を起こしたり、深夜徘徊で補導されたりすることもあります。

なくならない「性被害」と届かない支援、その危険性

 不登校という入り口から見えてくる様々な子どもの状況の中でも、古くから変わらず根強く学校にあるケースのひとつに「性被害」があります。

 すべての学校で頻繁にというほどではありませんが、それぞれの地域や自治体ごとに学校を見ていくと、教員による子どもへの性加害や、子ども間での性加害と性被害、家庭での親やきょうだいなどからの性被害、塾や登下校中での性被害などは絶えることがありません。被害者は性別を問いません(女子が多数ではあります)。

 

 性被害ケースの中身は様々ですが、その事案の性格上、表に出にくいことが共通しています。

 子ども本人が自責と羞恥心から誰にも言えずに抱える、家族内や関係者の中だけで秘密裏に事件を終わらせる、校内の一部の職員だけで処理するなどして「隠されて」しまうことが多く、問題が顕在化して一番重要な被害者である子ども自身のケアに至るケースは半数にも届かないほど僅かであると言ってもいいでしょう。

 「性被害」にあった人は子どもに限らず「急性ストレス障害」の症状を発症しやすく、そのままに放置されると「複雑性PTSD心的外傷後ストレス障害)」に発展し、それが原因となる重篤な精神疾患を二次的に伴って一生苦しむ可能性もあることを、私たちはもっと知らなくてはいけません。

隠蔽されやすい「性被害」

(教員による性加害)

 どの性被害にも、子ども自身が自分に落ち度があると思い込んで誰にも言えない傾向がみられますが、特に教員による加害は、強い立場を加害者が利用することが多いために、子どもの自責が強くみられることがあります。

 被害者が親や友人に相談して発覚することもありますが、声を上げられない子どもや親が周囲にはもっといるのではないかと思われます。以前、被害者が不特定多数の場合は、被害にあった子どもや親たちが連携して声を上げたケースもありましたが、それでも状況をみると被害者の数はもっと多いのではと思われました。

 

 それに加えて、学校という組織内での教員による性加害事案は、発覚した時点から教員たちの狼狽による混乱が多く発生し、冷静さを欠いた対応になることが多いようです。少ない情報のもとで関係者だけで閉鎖的に判断することには大きなリスクが伴います。被害者を二の次にした、組織を守るための「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」が、誤った事実を創出し、当該教員や関係教員、被害者のその後の運命を狂わせ、明暗を分けてしまうこともあります。

 実際には、情報が入った時点での学校内での「聞き取り・情報共有・情報管理」のあり方と、客観的で慎重な「事実確認」の対応が学校には求められます。事実を明らかにすることで、その後の学校運営や指導体制が決まり、的確な被害者支援と、二次被害の防止につながるのです。

(子ども間での性加害・性被害)

 同じ学校内での子ども同士の性加害・性被害の場合も同じようなことが言えます。

 発覚時、事の重大さに気づかない教員の対応によって、子どもの心情を含めた事実確認がされないまま、被害者の子どもが更に傷つけられるケースも見受けられます。

 被害者本人や他の子どもへの二次被害を防ぐ意味でも、被害者への配慮をしながら事実を明らかにして対応することが、被害者の子どものケア、加害者の子どもの指導・治療等を進める上でも重要です。

 

 また、時々被害者の親が加害者側との衝突を避けて「おおごと」にしないでそっとしておいてほしいと言ってくるケースもあります。そのような場合でも、厳格な情報管理のもとに、関係者が粘り強く話し合いを重ねていく必要があります。学校では、それぞれの子どもが同じ学校に在籍している限り、継続的に支援体制を作り、人員を配置して続けなくてはなりません。

 ケースによっては、被害者、加害者どちらかが転校することもあります。しかしそれで解決した訳ではありません。解決したと思いこむことが「リスク」そのものであることを、親も教員も肝に銘じなくてはいけません。

(家庭内での家族からの性被害)

 家庭内での性被害もなくなることもありません。発見することが難しく、家族内で処理されてしまうことが多いので、疑わしくても学校が立ち入れない現実があります。しかし、諦めることなく対象の子どもの行動観察を続け、体調不良や登校渋り、対人関係の不安定などがあれば、そこから子どもを支えながらアプローチしていくことを続ける必要があります。

 虐待同様に被害者の訴えが出にくい状況での支援は困難を極めますが、危険度が高い場合は本人を説得し、警察や児童相談所等の外部機関の協力も得ながら被害者保護を最優先に進めていかなくてはいけません。

加害者側の教育委員会が、組織を上げて元管理職の事件を隠蔽する愚かさ

 今年5月に、横浜市教育委員会が、元管理職の教員による複数の性犯罪事件の公判に、「被害者が子どもであることを理由」に「不特定多数が傍聴すると被害児童が特定される恐れがある」として、多数の市職員を動員し、第三者が傍聴できない事態を意図的に作った事件があったことはまだ記憶に新しいところです。

 

 加害者側の組織(教育委員会)が、こともあろうに「被害者の子どもの保護」を理由に元管理職の教員である加害者を隠すという状況を正当化して、「性被害」の事実そのものを隠蔽したとも言える事件です。

 それを市職員の業務として動員する感性に、「性被害」に対する閉鎖的で「鈍感な」役所のメンタリティーが見える、「組織的隠蔽」の事例とも言えます。また、それと同時に、一般市民でもある「いい大人」の多くの市職員が、言われるままに動員の「仕事」をしている愚かさに「戦慄」を覚えます。

 

 まして、性暴力の加害者が教員、それも管理職であるという学校の「退廃」が、学校に通う子どもたちの目にどう映るのか、「信頼関係」の裏切りがどんな傷を子どもの心に残すのか、このことを、教育関係者を始めとする「いい大人」が想像すらできなかったという事実に、途轍もなく深い絶望感だけが残るのです。