リフレーミング(reframing)してみよう

~「リフレーミング」は心理学の家族療法の技法で、これまでと異なる角度からのアプローチ、視点の変化、別の焦点化、解釈の変更という「フレーム」の架け替えによって、同じ「絵(状況)」でも違った見え方になり、自分や相手の生き方の健康度を上げていくことを言います。この能力は誰しも潜在的にもっていると考えられています。 これから私が書いていくことは、ジャンルを超えて多岐に渡ることになりますが、自分の潜在能力を使って、いま私たちの目の前にあること、起こっていることの真実に少しずつ近づいていけたらと思っています。

「毎日小学生新聞」の記事から~湯本小の卒業式

毎日小学生新聞」の記事「二岐山のふもとで 湯本小の子どもたち 一対一の算数 じっくり考える」を1月に紹介しました

その福島県天栄村立湯本小学校の卒業式の様子が、3月27日付「毎日小学生新聞」に掲載されました

【以下記事】

二岐山のふもとで

湯本小の子どもたち 思い出すべて「宝物」 後輩にバトン

(柳沼信之校長から卒業証書を受け取る星蛍さん=福島県天栄村立湯本小学校で21日)

 「厳しかった冬の寒さも和らぎ、優しい日差しが湯本の地を包み、春の訪れを感じます」。21日、福島県天栄村立湯本小学校で卒業式が行われました。

 6年の星蛍(けい)さんは、前日が12歳の誕生日でした。4月から進学する中高一貫の県立会津学鳳中学校(会津若松市)の制服を着て臨み、卒業生の「別れの言葉」を読み始めました。

 「平成」から「令和」へと元号が変わる年に入学したこと、棚田の泥の中でイネの苗を植えて米作りの苦労を学んだこと――。よみがえる思い出のすべてが「宝物」だと言います。そして、こう結びました。「ぼくは湯本小学校を忘れません」

 

 拍手が鳴りやまない中、蛍さんはサプライズを用意していました。父・昇さん(45)との歌の共演です。歌うのは合唱曲「群青」。福島県南相馬市立小高中学校の生徒たちが東日本大震災から2年後の2013年に卒業式で歌い、全国に広まりました。

 震災の後に生まれた蛍さんは、小3で通い始めたピアノ教室で「群青」を知りました。卒業式では、ピアノ教室の先生に伴奏してもらい、蛍さんと昇さんが合唱しました。蛍さんの高音と昇さんの低音の声がとけ合い、会場の体育館にひびきました。

 

 蛍さんと2年間をともに過ごした柳沼信之校長(57)は卒業証書を手わたし、「蛍さん」と初めて「さん」づけで呼びかけました。「あなたの物おじしない度胸、コミュニケーション能力。先生の期待以上の成果を出す姿をおどろきをもって見ていました。多くの方のサポートがあったことへの感謝を忘れずに……」。柳沼校長は声をつまらせ、「次のチャレンジ、新たな目標に向かっていってください」とはげましました。

それぞれの新生活

(星蛍さん、父・昇さんの合唱を聴き終えて拍手する栗村利里さん)

 蛍さんは4月から、山の反対側のとなり町まで昇さんに車で送ってもらい、会津鉄道と歩きで、片道およそ1時間20分かけて会津学鳳中学校に通います。

 小4になるころ、村立湯本中学校(23年度で閉校)が遠くはなれた村立天栄中学校に統合される方向になり、「通学時間が同じなら、会津学鳳にチャレンジしてみたい」と思いました。定員60人に対して145人が受験。蛍さんは塾には通いませんでしたが、持ち前の探究心で合格をつかみました。

 

 今年度、児童数が2人だけだった湯本小学校。ただ1人の在校生となる2年の栗村利里(りり)さん(8)は「蛍君が卒業してしまうとさびしいです」と話した後で、「明日からは、私が最高学年としてがんばっていきます」と前を見すえました。村教育委員会によると、春に1人の新1年生が入るなど、利里さんが6年生に進級する3年後は下級生が4人になる見通しです。

 式の最後に蛍さんは校歌を合唱し、業務員の星正宏さん(70)に導かれて学びやを去って行きました。白い雪をかぶった二岐山(標高1544メートル)が、その姿を見守っていました。【根本太一】

→ 二岐山のふもとで:湯本小の子どもたち 思い出すべて「宝物」 後輩にバトン | 毎日新聞

【以上記事】

二岐山に見守られて、ほかほか温かい卒業式

 この記事からは、卒業生と在校生が1人ずつの児童2人でも、寂しさよりも温かさに包まれた卒業式の様子が伝わってきます。

 

 6年生の星蛍(けい)くんは1時間20分かけて、自ら受検して合格した会津学鳳中学校に通います。

 2年生の栗村利里(りり)さんは、「明日からは私が最高学年として頑張っていきます」と話しました。

 写真からも、蛍くんのひたむきさと自信、利里さんの2年生とは思えない意思の強さ、この二人を見守ってきた先生や親たちの思いが伝わってきます。

 

 天栄村の小さいコミュニティーなりの苦労や人間関係の難しさはあるとは思いますが、少数の子どもに毎日向き合ってきた大人たちには、子どもの成長から学んだ人生が濃くあるように思います。

 蛍くんと利里さんの姿からは、多くの大人たちとの関わりの中で逞しく自立し、成長した様子が伺えます。

「自分事」の学校生活

 この1年間、蛍くんと利里さんは助け合い、教員たちはいつも近くで子どもを支え見守るという愛情豊かな学校生活だったことでしょう。

 でも、少人数だから何でも大人にやってもらえる楽な学校生活だったかと言えば、そうではなく、その逆なのではないかと想像します。

 

 ひとりが欠席すると残るのはひとり、ふたりとも欠席したら学校は開店休業です。

 学活も日直も、給食やお掃除も授業の準備や片付けもふたりで分担したり、協力したりして、毎日の生活の活動量は多くなります。また、授業でもそれぞれ6年生と2年生の学習をひとりで先生と進めていかなくてはいけません。常に自分がやらなければ授業は進まず、学校生活が動きません。

 こう考えると、ふたりにとって学校は他人事ではなく「自分事」だとわかります。ふたりの存在が「湯本小」と同義だといってもいいほどです。

 

 ふたりは学校で少なくとも「いてもいなくてもいいような透明な存在ではなく」「いないと学校が成り立たなくなる必要な存在」です。そしてそれぞれが重要な役割を毎日の生活で担わなくてはならないので責任も重いのです。

 毎日が、「学校=自分」ほどの「所属感」と、学校に自分が必要とされている「自己効力感」で、緊張感と充実感が交じり合って心がパンパンになるくらいの状態だったのかもしれません。「毎日おつかれさまでした。よく頑張ったね」と褒めてあげたくなります。

 でも、このふたりの様子には、それをプレッシャーにさせることなく、無理のないマイペースと自主性を保障することで、逞しい自律性を育んできた教員たちの子どもに対する距離感の正しさが感じられます。

 ふたりの程よくリラックスした言動には、大人との愛着関係から内面化された人に対する「基本的信頼感」と、自分が理解され尊重されてきた「自己存在の確かさ」がとてもよく現れています。

 

 4月になって、蛍くんが中学校で新しい同級生と先生たちとも仲良く過ごしている様子と、3年生の利里さんが湯本小の「最上級生」として新入生を温かく迎え、頼もしいお姉さんになっている様子が自然に思い浮かぶのです。