ASD(自閉スペクトラム症)の主な特性として、「社会的コミュニケーションの障害(対人関係の障害)」と「常同性・同一性への固執(こだわり)」の2つがあります
今回は、前者に比べてあまり話題にならない後者の「常同性・同一性への固執(こだわり)」について取り上げます
(「脳からの命令に縛られる」 作家・東田直樹さんと考える自閉症の不思議「毎日メディカル」記事(2025年4月22日)を抜粋で紹介)

「常同性・同一性への固執」とは
誰しも日々のルーティンの中で、新しい環境への変化や行動様式への移行が生まれることは、期待と同時に不安やストレスも伴います。新年度の職場や学校環境の変化がわかりやすい例です。
徐々に環境に慣れていく過程で気づくのは、同じ環境への順応と一定の行動様式への習慣化によって緊張・不安が低下していくことです。
「同じ」であることで私たちは緊張感を減らして「安心」を得ることができます。同じ時間の出勤・通学、同じ時間のバスや電車、同じ乗車位置、ふと周りを見回すと見慣れた人たちが何人もいることに気づきます。いつも同じ座席に座っている人もいます。
また、朝起きて家を出るまでの行動も「いつも同じ行動」であることが多いのではないでしょうか。そのことによって、出発時間が一定になったり、忘れ物をしないようにしたり殆ど無意識にトラブルを回避しているとも言えます。
このような誰もが行う可能性のある、「安心」や「トラブル回避」のためにとる反復的で同一な行動を「常同性・同一性」の行動と言います。
しかし、ASDの「常同性・同一性」の場合は、「常同性・同一性への固執(こだわり)」を指し、主に周囲からは行動自体の意図がわからない、幾度も繰り返す「常同行動」を指します。
例としては、体を揺する、手をたたく、手をひらひらさせる、同じ場所をうろうろする、無意識的に頭を振る、爪を噛むなどが挙げられます。
「常同行動」はストレスや不安によって誰にも現れる可能性がありますが、ASDの人のもつ特性のひとつとされています。いわゆる「こだわり」と言われるものです。

誤解される「常同性・同一性への固執」(こだわり)
ASDの人と向き合う場合には、「常同性・同一性への固執」(こだわり)への理解は重要です。
一般的の人たちでも、一定でないことや変化することには不安が付きまといがちです。ASDの人たちが同じ状態や一定の事物に「こだわる」のは、ごく僅かな変化にも強い不安を感じているからです。
抽象的に物事を捉えることが苦手で、微細に具象を捉えるASDの人たちはひとつひとつの物事の差異に敏感です。似ている物事を抽象的に括って「同じもの」として認知することよりも、似ていても微細な違いを発見し、「新しいもの」と認知します。
「だいたい同じだ」と全体を大まかに捉えにくいために、不安が膨らみます。次の行動に移るのに時間がかかるようになるのもそのためです。その認知にしたがって、何度も安心を確認して次の行動に移る必要があるのです。
このことを、「慣れていることが安心だからその行動だけを反復してやり続ける」とか、「思考や視点の切り替えができない」、「心が動かない」などと一方的に決めつけがちですが、けしてそうではありません。
確かに臨機応変な行動をとることや、物事を同時処理することは苦手ですが、ひとつひとつ時間をかけて少しずつ経験することが、次の行動の選択の幅を広げていきます。
「こだわり」の行動を認めて時間を保障しながらも、新しいチャレンジの芽を摘まないような周囲の関わりが大切なのです。
ASDではない側の論理を押し付けることなく、ASDの人たちの方法で社会適応を進めていくために、対等に協力していく態度が必要です。
また、ASDの人たちは社会のマイノリティです。この社会は、多数派のASDではない人たちの論理で出来上がっています。そのためASDやそのグレーゾーンの人たちの特性が、社会適応を阻んでいる側面を理解しなくてはいけません。
「常同性・同一性への固執」(こだわり)は、強迫症状ではなく好きでやっているから「苦しみ」がないという人がいますが、彼ら自身はASDの特性向けにできていない社会への適応を進めるために、自分の特性を苦痛と感じていないわけではないのです。

当事者の思いを知る大切さ
精神科医の山登敬之さんが長年交流している重度の自閉症(ASD)の作家・詩人の東田直樹さんとの講演会での関わりを書いた記事の中に、東田さんの当事者としての思いが語られているのを見つけました。
東田さんが、「こだわり」を「脳からの命令に縛られる」と表現したことで、「常同性・同一性(こだわり)」への認識を新たにしました。次にASDの人に向き合うときに、「縛られる」苦しみがあることを理解せずには、少しも前に進めないと知ったのです。
「脳からの命令に縛られる」 作家・東田直樹さんと考える自閉症の不思議(「毎日メディカル」)の記事の抜粋を紹介します。
【以下記事抜粋】
・・・・エレベーターホールまでお迎えに行くと、直樹さんは6台のエレベーターの扉が開いたり閉まったりする様子を忙しそうに見て回っていました。東田くん、ひさしぶり!と声をかけても返事はありません。「こんなにたくさんエレベーターがあるところ、めったに来ないものですから」と美紀さん(お母さん)が笑っています。
こういう事態を想定して、ご家族は早くお宅を出られたのでしょう。直樹さんは、初めての場所ではエレベーターや男子トイレをチェックして回り、ほかにも目にとまったものに注意を奪われることがあるため、移動にはじゅうぶんな時間を見込んでおく必要があるのです。
(中略)
私は東田さんとは何度かお会いして同じ舞台にも上がりましたが、今回のイベントで裏方をやってみてあらためて気づいたことがあります。それは「脳のこだわり」に縛られる身体の不自由さです。
自閉症は、社会的コミュニケーションの障害と常同性・同一性への固執が2大特徴とされています。世の中では前者ばかりが強調されるきらいがあり、東田さんの場合も、その障害を乗り越えて作家として身を立てたところに人々の関心が集まったわけですが、実は後者の方も自閉症を持つ人には大きな悩みの種なのです。
「常同性・同一性への固執」というのは、簡単にいうと、同じ状態や特別な事物にこだわるということです。ここから小さな変化にも強い不安を感じたり、こだわりに基づいて同じ行動を反復したりといったことが起きてくる。新しい場所に慣れるのにも次の行動に移るのにも、とても時間がかかる。
そういえば、東田さんは往復書簡の中で、今でこそ付き添いがあればどこにでも行けるが、小さい頃は自分の知らない場所へ行くのが嫌でたまらなかったと書いていました。「自分が知っている風景の中にいれば安心」であり、知らない場所に足を踏み入れると「自分が自分でなくなるという感覚」がしたそうです。
そんな幼児期を振り返って、東田さんはこう分析しています。「みんなに比べ、視覚や聴覚から脳に伝わる情報が強すぎて、僕の中で刺激の整理ができなかったのが原因ではないかと思っています」
一方、こだわりについては「脳からの命令」と表現しています。「こだわるのは、それから逃げられないということで、自分ではコントロールが難しい状態です」「もし逆らえば、僕の脳は大混乱を起こしパニックになるでしょう」
自分の意思と関わりなく、脳の命令に従って身体が勝手に動いてしまう、あるいは動かなくなる。なんと不自由なことでしょう。それなのに、周囲から奇異な目で見られたり、重い知能障害があるとみなされたりする。そのときの悔しさ、やるせなさはいかばかりのものか。
エレベーターホールの東田さんの姿に、私は彼の中に宿る小さな直樹くんを見た気がしました。そして、診察室で出会う子どもたちのことを思いました。かんしゃくを起こす子、泣き叫ぶ子、黙り込む子、そうやって大人たちを困らせる子どもたちの中にも「小さな直樹くん」がきっといるはずです。
(山登敬之 やまとひろゆき 精神科医 明治大学子どもこころのクリニック)
【以上記事】
「脳からの命令に縛られる」 作家・東田直樹さんと考える自閉症の不思議 | 毎日メディカル
※東田直樹さんの文字盤はお手製です。A5判ぐらいの大きさの画用紙に、パソコンのキーボードと同じ配列のアルファベットが並んでいます。直樹さんは言葉を話そうとすると頭が真っ白になってしまうそうですが、文字盤に並んだ字を指さしながらだと言いたい言葉を声にして出すことができるといいます。(記事から)

現在の東田直樹さん(記事より)
