「平和ボケ」批判をしながら「戦争ができる普通の国」へ国民を煽る政党が支持を得る戦後80年目の日本社会
世界で戦争・紛争の殺戮が続く現在、本当に日本に「戦争」がやってきたらどうなるのでしょうか?!
精神科医の山登敬之さんが「毎日メディカル」(8/16付)に寄稿した記事を紹介します
歴史が示す戦争の「人間破壊」と、今日本が進むべき道について、考えさせられる記事です

【以下記事】
国民を戦地に送るリスク~兵士にPTSDを負わせたものとは
(山登敬之 「毎日メディカル」2025年8/16付)
今年は戦後80年。私は終戦の年から干支(えと)がちょうど一回りした酉(とり)年に生まれました。最初の東京五輪があった年は小学1年生、最初の大阪万博の年は中学1年生でした。この国の平和を享受してきた世代の一人です。
今世紀に入る頃から「平和ボケ」という言葉が聞かれるようになりました。国際情勢は変わってきている、もっと危機感を持て!ということなのでしょう。けれども私は、その言葉を聞くたびに、ボケるほど平和でいられたのだからいいじゃないか、こんな幸せなことはないだろうと思ったものです。
実際のところ、80年間も平和でいられたことは、幸運であり喜ぶべきことだと今でも思います。少なくともこの間、国は国民をひとりとして戦死させることはなかったし、他国の人々を殺させずにすんだのですから。
戦場で戦うのは誰か
ロシアによるウクライナ侵攻の直後、ウクライナ政府は大統領令を発し18歳から60歳までの男性に出国を禁じました。国土防衛のための措置でしたが、仮に日本で同様の事態が起きた場合にはどうなるでしょうか。わが国には徴兵制がありませんから、現時点においては自衛隊にお任せすることになるのでしょう。
もしも侵略者を排除する必要が生じたら、専守防衛の原則に沿って自衛隊が派遣されることになります。ドローンやミサイルがいくらあったとしても、領土奪還には地上部隊の投入が不可欠です。都市部や塹壕(ざんごう)での戦闘では白兵戦も避けては通れません。ウクライナの戦場では、実際にそうした局面が報告されています。

しかし、白兵戦ともなれば、イヤな言い方ですが、殺すか殺されるかの戦いになる。敵兵といえども相手は人間です。われらが自衛隊員に人は殺せるのでしょうか。
慌てて断っておきますが、そんな事態にはならない方がいいに決まっています。というか、何がなんでも避けねばならない。けれども、近年行われている離島奪還を想定した日米共同訓練のニュースなどを見聞きしていると、大丈夫か?と心配になってきます。

「戦争における『人殺し』の心理学」(ちくま学芸文庫)という有名な書物があります。著者のデーヴ・グロスマンは面白い経歴の持ち主です。米国陸軍に23年間勤務し陸軍中佐にまで昇進、実戦経験を持つ一方で心理学や歴史学を修め大学教授を歴任、退役してからは研究や執筆活動を行っています。
上にあげた本には、非常に興味深い数字が載っています。第二次世界大戦では、米兵の発砲率はわずか15~20%だったのに対し、ベトナム戦争では90~95%にまで上昇したというものです。この変化は、人間が本来持つ殺傷行為に対する強い心理的抵抗が、軍の訓練によって大きく弱まった結果だと著者は分析しています。
それによって軍の戦闘能力はあがったかもしれませんが、最終的に米国はベトナム戦争に敗れました。20年間、総数にして約260万人の兵を戦場に送り込み、約5万8000人の戦死者と約30万人の戦傷者を出しました。
さらに、派兵された米軍兵士の7割近くが10代後半から20代前半の若者だったことを知るといたたまれない気持ちになりますが、そのことはちょっとおいて、話を訓練の方に戻しましょう。

「訓練」の大きすぎる代償
グロスマンの著書によると、米軍が新兵の訓練に使った手法は、①脱感作、②条件づけ、③否認防衛機制でした。いずれも心理学的に理にかなったやり方です。たとえばどういうことか、簡単にまとめてみると……
①敵は取るに足らない虫けらのような存在だから殺してもかまわないと思い込ませ、人を殺す抵抗感を薄めていくこと。
②戦場における射撃の命中率をあげるため、敵の姿に似せたリアルな標的を使い、素早く正確に射止めたら報償を与え、外したら懲罰を与えること。
③自分は国家のために任務を全うしただけなどと、みずからの行いを否認するよう仕向け、罪の意識を軽くすること。
本書には、具体的な訓練の内容やベトナム帰還兵から聴き取った言葉などが詳細に書かれています。それを読んでいるうちに、私はスタンリー・キューブリック監督のこれまた有名な作品、「フルメタル・ジャケット」(日本公開1988年)を思い出しました。

映画の前半では、ベトナム戦争に臨む海兵隊の訓練シーンが描かれます。新兵の若者たちは、教官を務める鬼軍曹の卑猥(ひわい)で暴力的なかけ声を大声で繰り返しながら、足並みをそろえてランニングしていました。

その様子があまりにバカみたいだったので、スクリーンを見上げて思わず笑ってしまいました。映画を見た当時は、キューブリックが演出的意図から軍隊を戯画化して描いたのだろうぐらいに考えていました。
ところが後になって、あの軍曹を演じたR・リー・アーメイが元海兵隊の訓練教官で、彼のセリフの多くはアドリブだったことを知り、またグロスマンの著書をはじめベトナム戦争関連の本をいくつか読んだことによって、あれはホントにやってたな……と思い直しました。
要するに、戦場で人を殺せるようになるためには、あの種の訓練が必要だということです。それは、頭のネジを2、3本抜いて、別のところに余計な太いやつをねじ込むイメージでしょうか。

ベトナム戦争ではたくさんの若者が死にました。生還した人たちも、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やアルコール依存、薬物依存などの精神障害に苦しみました。自殺者も多く出ました。
それは、言うまでもなく、戦場でのトラウマ体験が原因だった。けれども、戦地に赴く前に本国で受けた訓練も、その一因になったと考えられないでしょうか。誰も彼らの頭のネジを元に戻してはくれなかったのです。

本の母たちはわが子を戦場に送り出せるか
今年の5月、新国立劇場が招聘(しょうへい)したチェコのブルノ国立劇場ドラマ・カンパニーによる公演「母」(カレル・チャペック作、シュチェパーン・パーツル演出)を見ました。芝居は面白かったのですが、原語による上演のうえ字幕を読むのが追いつかなかったので、どういう話かいまひとつわからない。そこで、あとから「チャペック戯曲全集」(八月舎)を取り寄せて原作を読みました。
母のドロレスには5人の男の子がいます。軍人の夫と医者の長男は、いずれも国外の任務に就いていたときに亡くなっています。劇中では、パイロットの次男が同様に仕事中に事故死、三男と四男は国の内乱で戦死します。最後に残った五男の運命は、衝撃のラスト!に関係するので、ここには書かないでおきましょう。
この芝居は、言ってみれば寓話(ぐうわ)であって、死んだ家族がみな当たり前のように舞台に登場し、生前と変わらぬ姿でドロレスに語りかけ彼女の体に触れます。「なぜなら母の想像のなかで生き続けているのだから」と、チャペックは戯曲の冒頭に記しています。
夫と息子たちは、国家への忠誠、科学への信奉、愛国心など、みずから信ずるもののために命を投げ出しました。その決断を認めざるを得なかった母。しかし、ドロレスは言います。
あなたたちはいつも「どうせ母さんにはわからない」と言う。そして私を置いて出て行く。残されたわたしはどうなるの、あんなにあなたたちを愛したのに! 命をかけて!

先の参院選で、「日本人ファースト」を掲げた政党から出馬し、街頭演説で「わたしをみなさんのお母さんにしてください!」と叫んで当選した女性がいました。彼女を「お母さん」にした人たちは、この党を支持する「愛国の母」たちは、笑顔を作ってわが子を戦場に送り出すでしょうか。

男たちは、ときとして、大義という美名のもとに銃を取り戦場に向かいます。それを支持する熱狂が、正直なところ、私には恐ろしく思えてなりません。
日本は80年も戦争をしてこなかったのだから、戦争のやり方を忘れています。今の国民は戦争できるマインドを持っていない。でも、だからといって、それを「平和ボケ」というのだ、ここらで活を入れて戦争できる国に戻さねば!と考えるのはナンセンスです。
いつまでもボケているわけにはいきませんが、頭はもっと別のところに使わなくてはいけません。「日本は二度と戦争しません、永久に放棄しましたから」を大前提に、みんなで知恵を絞っていくのが正しい道だと思います。
【以上記事】
山登敬之(明治大子どものこころクリニック院長)
やまと・ひろゆき 1957年生まれ。精神科医。専門は児童青年期の精神保健。著書に「子どものミカタ」(日本評論社)、「母が認知症になってから考えたこと」(講談社)、「芝居半分、病気半分」(紀伊國屋書店)など。
→ 国民を戦地に送るリスク~兵士にPTSDを負わせたものとは | 毎日メディカル
記事が示す危機感を共有していくために
経済的価値観が物事の物差しとして幅を利かせる今の日本社会では、格差が解消されるべき社会問題としての意味を失い、「自己責任」の名のもとに肯定された格差が作り出す閉塞感に満ちています。
社会構造が作り出している貧困や不公平を、個人の責任に帰結する社会の雰囲気が徐々に醸造されることで、閉塞し出口を失った人々の怒りが、社会的弱者の救済にまで「優遇だと」矛先が向けられるほど社会の亀裂が深刻化しています。
また、戦後80年の社会形成を担ってきた行政や既成政党への不信感は拡がり、80年前の悲劇的な戦争で失った多くの生命や日常生活への悔恨の上に築いてきたはずの戦争のない日常すら、「平和ボケ」と平気で否定するような雰囲気が顕在化してきています。
記事でも書かれている参政党は、「国民主権」より「国家主権」が優先する主張を展開しています。これは、個人の自由を制限して国家が個人の生き方を決められる国にするということです。
専制的な国家が戦争を続けている世界情勢への危機に乗じて防衛力を拡大し、さらに有事での個人の権利の制限も有事法制によって強化されていく可能性もあります。
ひとりの人間の生命と生活、自由意志や選択が尊重される民主的な社会がどんどん狭められ、「国家」の公益が個人に優先する社会に変質した先には「徴兵制」も視野に入ってくるかもしれません。
かりそめにも「非核三原則が国是」としてきた国で、「安上がり」だからと「核兵器保有論」を口にする国会議員が当選する危機が訪れたと言うべきでしょう。

被爆直後のヒロシマ(撮影:1945/8/6中国新聞カメラマン松重美人氏)
目先の経済政策に目を奪われることなく、日本をどのような社会に向かわせていく政党なのかを見極めていかなくては、再び無慈悲に人間性が破壊されるような社会が到来するかもしれません。
私たちは歴史を冷静に見極め、人々の「人間性が冒涜されない社会」を次世代につないでいかなくてはならないのです。

破壊されたガザの街 2025年