小中学校は、34万6482人(前年4万7434人増)2023年度:文科省
うち小学生13万370人(2万5258人増)、中学生21万6112人(2万2176人増)
10年前(2013年度)の小学生は5.4倍、中学生は2.26倍に

コロナ禍で不登校になった小2のAさん(ケースは実際とは変えています)
今から4年前の2022年の夏休み明けに、小2の女の子Aさんが母親と一緒に適応指導教室の相談面接にやってきました。
Aさんは前年に小学校に入学し1年生の学校生活を楽しく過ごしました。やっと学校にも慣れてきた年度末の3月2日、新型コロナのパンデミックによって全国一斉に突然に学校が休校に入りました。学校が再開したのはそれから3か月後の6月末でした。
Aさんは2年生としての新年度を迎え、分散登校から再開しました。しかし、学校はAさんがやっと慣れ始めた1年生の時の学校生活とはまるで変わってしまっていました。当初は分散登校で新しいクラスの全員が揃うことがありませんし、みんながマスクをしていたので誰が誰なのかなかなかわかりません。授業以外での同級生との交流は制限されて、給食も黙食です。
「三密」(密閉・密集・密接)を避けるために、学校生活のルールはまるで変わり、戸惑うことばかりです。休み時間でも自分の机から勝手に離れて、友達と接して遊ぶこともできなくなり、授業中も先生やみんなの表情が見えないために緊張感が高くなりました。元々自分から声をかけるようなタイプではなくおとなしいAさんには新しいクラスで休み時間に話す人も見つかりません。
困ったAさんは、お母さんとも相談して休み時間は、自分の席で独り「折り紙」を折って過ごすことにしました。同級生の何人かも「折り紙」で遊んでいたそうです。
その後ひと月ほど経った頃、帰りの会で担任の先生が言いました。「今日、折り紙を使って人にいたずらした子がいたので、しばらくの間「折り紙」を持ってきて遊ぶのを禁止します。」と。
Aさんはその翌日から学校に行けなくなりました。

Aさんの事例を挙げましたが、この年を境に学校に行けなくなる小学校低学年の子どもが急激に増えていきました。あれから4年の歳月が流れ、Aさんは今年6年生になっています。

現在の小学生はコロナ禍の幼児期児童期を過ごした世代
Aさんの所属している今年(2024)の6年生は、全校の運動会の経験をみても、1年生・5年生・6年生の3回だけです。
他の学年に目を移してみても、5年生は、幼稚園や保育園の卒園式も省略され、小学校入学を6月まで待たされました。4年生と3年生は、それぞれ年中、年少の終わりの頃に園が休園。その後も約3年コロナ禍の中での園生活でした。2年生は年少が6月以降の入園で、1年生も年少入園から、園生活の前半はコロナ禍の最中でした。

幼児期・児童期がコロナ禍だった世代の子どもたちには、どれだけ「楽しさのある、変わらぬ安定した生活」があったのでしょうか。手洗い、うがい、マスクとソーシャルディスタンスと共にある生活の中で、友達と遊んで気持ちだけでもぶつかり合うような経験をしたのでしょうか。コロナ前の生活→コロナ禍の生活→コロナ明けの生活。きっと、学校や園での生活の急激な変化や、先行きの見えない生活に多くの不安を感じていたことでしょう。
コロナ禍の「変則で不安定な日々」が、子どもから安定的な発達・成長の機会や、学校の集団生活への適応力を多く奪ってきたのです。それぞれ子どもの人生の多くを占める3年間は長く不安定なものだったのです。このことは不登校の激増、特に小学生の急増とは無縁ではないはずです。

児童期の子どもの成長・発達
子どもたちは、小学校に入学して1年間は身体もまだ小さく、慣れない学校生活に重いランドセルを毎日背負って適応しようと張り切って登校します。小学校低学年の2年間は毎日の積み重ねと連続性の中で、学校の集団生活に慣れていくために子どもたちは自分のための安心と自信を少しずつ積み重ねていきます。

その土台を支えているのが「楽しさのある、変わらぬ安定した毎日」です。「今日一日過ごした経験がきっと明日に生きる」、そのように大きな変化が少ない、基本的に変わらない楽しい毎日が安心と安定を育みます。元々子どもが感じる「時間」は大人のそれとは異なり、もっと1日が長く、細密で、発見に満ちています。ゆっくりで濃い時間と言ってもいいでしょう。
教員と子どもたちが交流して生み出される学校生活は、川の流れのように一見変わらなくても、その流れの中では様々な変化が少しずつ起こっています。光が織りなす色や、天候が作り出す水の温度や水量の変化、生き物たちの営みなど、変わらない流れにこそ微細な変化が豊かに感じ取れるのです。
その安定した学校生活と家庭での生活が両輪になって、子どもの発達段階でのそれぞれの成長を紡ぎ出していくのです。

不登校の激増の背景を理解する
このように考えてみると、Aさんの不登校はよく理解できるはずです。
それぞれの子どもの持っている性格・特性、生育歴・家族歴は皆異なります。学校生活への適応力にも差があります。一旦コロナ禍のような事態に見舞われた時のストレスの強さに押し出されて、登校できなくなる子どもが増えるのは当然の結果です。Aさんのように、どうしていいのかわからないような辛く悲しい経験をした子どもはたくさんいたのです。
それでも、自分自身を守って「不登校」を選択し、家庭で休養し保護を受けられた子どもには自然な健康度が感じられます。不登校になってたいへんだったけれど、自分をよく守ったとほめてあげたいです。

むしろ心配なのは、自分を守れないまま、学校への登校を無理に続けてしまった子どもです。それは、学校のつまらなさを親にぶちまけたり、友達同士で学校生活の愚痴を言ったり、時には仮病でずる休みをしたりできなかった子どもたちです。
勿論、コロナ禍の分散登校の環境が合っていた子どももいたと思いますが、(実際それまで不登校気味だった子どもが登校している例があります。)苦しさを抱えたまま過剰に適応して登校を続けた子どもも多く、コロナ禍明けの次の大きな変化についていけなくなってしまうケースも多くみられます。
不登校にもなれずに、学習へのプレッシャーを感じ、生きるエネルギーを次第に失って頑張ることが辛くなり、「希死念慮」を持つ子どもが増えています。実際に、リストカット、オーバードーズ、自殺企図をする子どもは小学生まで広がっています。
不登校の激増の背景には、多くの子どもたちの苦悩が見えます。不登校の子どもを無闇に再登校させることではなく、「不登校激増」という子どもに起こっている「現象」を理解しなくては、子どもの健康を取り戻す社会にはならないのです。

学校教育そのものを大きく見直す教訓
今後、コロナ禍の影響を知らない子どもが中学を卒業し、高校、大学、成人となるまでには15年から20年近くかかるでしょう。それまでの間にまたパンデミックのような事態や、気候変動の影響での災害や大きな地震が起こらない保障は何もありません。世界情勢からみても戦争に巻き込まれないとも言い切れないでしょう。これからの不安定で不透明な社会では、何か起こる度毎に想定外ではすみません。
私たちができることは、コロナ禍で子どもに起こった事実を分析・評価し、今後の教訓にすることです。それは、日頃から子どもの発育や成長にもっと丁寧に目を向けていく学校教育システムへの変換を意味しています。
50年前の1970年代には200万人前後で推移していた年間出生数は激減し、2022年度には70万人台になりました。数少ない子どもたちに手厚い支援をして大事に育てる社会への転換がいま必要です。「集団指導」主体の教育から、「個」の教育権を中心据えた教育の方法への転換に不作為であってはならないのです。

仮に、Aさんの2年生のクラスの子どもの数が20人程度で、2~3人ぐらいの大人が学級にいて子どもたちに声をかけながら細かく生活を見ることができていたら、そしてAさんの折り紙遊びの意味を知っている大人がいたなら、Aさんが学校生活の最後の拠り所をなくしてしまうことはなかったでしょう。たとえそれがコロナ禍でも。
